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スウィングしなけりゃ意味がない [著]佐藤亜紀

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2017年04月16日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■反ナチスの悪ガキがあける風穴
 
 ナチスは、青少年を教化し愛国心を育てるため、ヒトラー・ユーゲントを組織した。だがナチス的な規律や美徳に反抗する少年少女もいたようだ。この史実をベースにした本書は、ナチスが「退廃音楽」として排斥したジャズに熱狂する若者たちを描いている。
 1940年代初頭、ドイツの都市ハンブルク。軍需会社社長の御曹司「ぼく」は、スウィング・ジャズ愛が高じて英語風の愛称エディを名乗り、カフェで仲間と遊ぶ毎日を送っていた。
 アメリカの黒人文化が生んだジャズが大好きなエディは、アーリア人の優越を唱え、ユダヤ人や黒人を劣等民族とするナチスの方針などどこ吹く風、人種的な偏見がない。それどころか、ユダヤ人が何代もアーリア人と結婚し続ければユダヤ人と見なされなくなり、純粋なアーリア人でもユダヤ教に改宗すればユダヤ人になる法律を、ナンセンスと嘲笑(あざわら)っているのだ。
 ここには、世界的に広まっている人種差別への批判も感じられる。著者が、反ナチス的な不良グループの中から「スウィング・ボーイズ」を選んだのも、差別の愚かさを強調するためだったのではないだろうか。
 ゲシュタポの監視をものともせず、女の子と遊び、徴兵を逃れ、海賊版のレコードを作って密売までしているエディたちは、愛国心の欠片(かけら)もない。ナチスは嫌いだが反体制運動をするわけでもなく、ただ快楽に忠実に生きるエディたちの悪ガキぶりは痛快である。
 「愛国心はあるか」と聞かれると、「ない」とは答えにくい。だがこの手の問いにある「国」は、国土のことか、現在の体制のことか判然としていない。差別を肯定し、国民に特定の思想を押し付ける腐った国など、愛するつもりはない、それどころか滅びてもいいと考えるエディは、国を愛す意味を問い直している。それだけに本書は、愛国の同調圧力が社会を息苦しくしている現代の日本に、風穴を開けてくれるだろう。
    ◇
 さとう・あき 62年生まれ。作家。08年『ミノタウロス』で吉川英治文学新人賞。ほかに『吸血鬼』など。

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