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名誉と恍惚 [著]松浦寿輝

[評者]佐伯一麦 (作家)

[掲載]2017年04月23日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■スリリングな展開に潜む悦楽

 音楽や映画、舞台といった芸術は、作品が要求する物理的な時間に観衆も立ち会うことを余儀なくされる。その点、文学は、読む速度は読者にゆだねられ、切れ切れの時間を繋(つな)いで読み通すことも可能である。とはいえ、750ページを超える本書を、私は二日半集中して読み通した。回想が挟まりはするが、各章の終わりがスリリングに次章の冒頭に繋がるシンプルな時間の流れが、展開への興味を先へ先へと掻(か)き立て、そこに小説ならではの、瞬間を微分化した表現の妙も相俟(ま)って長篇(ちょうへん)小説を読む悦楽に浸った。
 舞台は、盧溝橋事件後の戦争色が濃くなった上海。東京警視庁から共同租界を管理する工部局の警察部に派遣されている数えで29歳の主人公芹沢一郎が、日本陸軍諜報(ちょうほう)機関の嘉山少佐に秘密裏に呼び出され、上海の青幇(チンパン)の頭目・蕭炎彬(ショーイーピン)との面会を仲介するように、と依頼される。これは謀略で、出生の秘密を持つことから嵌(は)められ、警察を辞めさせられた芹沢は、ある事件を起こし、官憲に追われる身となる。芹沢は、懇意にしていた時計屋店主の馮篤生(フォンドスァン)(蕭の縁類であり、件〈くだん〉の面会に力を貸した)の導きで、沈昊(スンオー)という中国人になりすまし、捺染(なっせん)工場の住み込み労働者、沖仲仕を転々とした後、馮が経営する映画館の映写技師となって潜伏する。
 船荷の揚げ下ろしの仕事をしていた芹沢が、高熱に倒れてやや快復した朝に、長江を見渡す埠頭(ふとう)に立ち、「世界はこんなに露(あら)わに、真新しく、なまなましく粒立っているのか」と世界の風景や音、においを明晰(めいせき)に知覚し、祈りに限りなく近い恍惚(こうこつ)感を味わう箇所が、本作の一つの山場であり、そして、もう一つの山場は、自分を陥れた嘉山と終盤近くに捨て身で対決して事の真相を問い糾(ただ)し、いまさら知ろうが知るまいが同じことだろう、とうそぶく嘉山に、知るのは「おれの名誉の問題だ」と芹沢が言い放つ場面。
 橋のうえで始まり、五十年後の同所で締めくくられる物語は、ナショナリティー、セクシュアリティーのはざまに生きている芹沢の境遇を象徴している。さらに、警察官である設定は、作者が先に上梓(じょうし)した浩瀚(こうかん)な評論『明治の表象空間』で、戦前日本が、強固に構築された監視と支配の網の目を張りめぐらせた警察官僚国家であったことに注意を促していた記述の延長上にあるのだろう。円熟の手腕によって構築された物語世界は、詩と批評を内包し、様々な芸術を現前させる(ときおり描かれる月が、旧暦の月齢と合致していれば、リアリズムがより強まった、というのは望蜀〈ぼうしょく〉か)。このような作を物すことができた作家の幸福も思った。
    ◇
 まつうら・ひさき 54年生まれ。作家、詩人、仏文学者、批評家。詩集『冬の本』で高見順賞、『折口信夫論』で三島由紀夫賞、「花腐し」で芥川賞。他の著書に『半島』『平面論』『知の庭園』など。

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