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オネイログラフィア―夢、精神分析家、芸術家 [著]ヴィクトル・マージン

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2017年04月23日

[ジャンル]人文

表紙画像

■自分を取り戻すための「夢記述」

 精神分析家であると同時に展覧会のキュレーターであることは、いったいどのようにして可能なのだろう。精神分析は密室のなかで営まれ、展覧会は公共の場所で開かれる。だが、両者を兼ねて活動する著者にとって、そうした分断は害悪でしかない。むしろ、精神分析は展覧会のように社会に向けて開かれなければならないし、展覧会は精神分析のように現実離れして密室的であってよい。
 このふたつの領域をつなぐのが「オネイログラフィア(夢記述)」という方法だ。
 たとえば、著者が最初に精神分析を学んだサンクトペテルブルクは、エルミタージュ美術館を有する世界屈指の博物館都市として知られるが、ロシア全土から集められた石を沼地に敷き詰めて作られた夢のような人工物でもある。ゆえに本書では「亡霊」とも「思弁的都市」とも呼ばれる。つまり、この巨大な都市自体が精神分析の対象であり、展覧会のような事業と見做(みな)すことも可能なのだ。
 現代ロシアを代表するフロイト研究者であり、ラカン派の流れを汲(く)む精神分析家である著者が、かなりの論述を、旧ソ連では地下に隠されていた悪夢のような芸術の動向「ネクロリアリズム」や、設立者である自分から「創造的譫妄(せんもう)症」と呼ぶ「フロイトの夢美術館」に割くのには、このような背景がある。そのいずれもがこの都市で生まれたのは偶然ではない。その意味では、本書をいまだ知らぬペテルブルクへのガイド・ブックとして読むこともできるだろう。
 なにより、著者にとって夢の持つ真に今日的な意味とは、フェイクニュースの氾濫(はんらん)など、メディアをめぐる状況が錯綜(さくそう)し、それこそ悪夢のように私たちを包囲しつつある現在、かえって、その中で自分が自分であるための現実を取り戻すための「最後の砦(とりで)」なのだ。「無意識の理解に至る王道」が夢だとしたら、「夢記述」は、そのための実践としても書かれている。
    ◇
 Viktor Mazin 58年、ロシア生まれ。精神分析学者、美術キュレーター。著書に『映画館のラカン』など。

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