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ちいさい言語学者の冒険-子どもに学ぶことばの秘密 [著]広瀬友紀

[評者]野矢茂樹(東大教授)

[掲載]2017年04月30日

[ジャンル]人文

表紙画像

■彼らは規則正しくまちがえる

 「これ食べたら死む?」と5歳のK太郎が聞く。大丈夫、と母親。「ホント?死まない?」と涙目のK太郎。かわいい。
 言葉を覚え始めたばかりの子どもの好プレー・珍プレーが楽しい——というだけの本ではない。この母親、つまりこの本の著者は、言語学の専門家である。だから、勉強にもなり、おおいに感心させられ、感嘆する本になっている。
 私たちは、言葉というこんな複雑なものを、どうやって学んできたのだろう。もう自分が言葉を学んできた過程はすっかり忘れてしまっている。その不思議の箱を、いままさに言葉を学びつつある目の前の子どもが、開いてくれる。
 「死む—死まない」、これをこの母親は死の活用形と呼ぶ。多くの子がこう活用するらしい。なぜか。彼らは、けっして思いつきでめちゃくちゃを口にしているのではない。実は、「規則正しくまちがえている」のである。どんな規則? それを言語学者たる著者は解き明かしてくれる。
 おそらく子どもは、「死」という言葉をまず「虫さん死んじゃった」のような言い方で学ぶ。一方で「飲んじゃった」「読んじゃった」のような言い方にも触れ、「読む—読まない」「飲む—飲まない」という活用も覚える。だとすれば、そこから自然に「死む—死まない」という死の活用形が出てくるではないか。
 子どもたちは限られたデータから規則性を見てとり、それを大胆に応用していく。だから、そのまちがいは彼らが見てとった規則性の延長なのである。
 私が一番面白かったのは「テンテン」の話だった。「さ」や「た」にテンテンをつけた「ざ」「だ」は正確に発音する。じゃあ、「は」にテンテンは? だが、多くの子どもが「ば」をうまく発音できないという。これも、子どもが見てとった規則性の延長にある。しかも——いや、あとは本を読んでもらおう。しかし、ああ、言いたい!
    ◇
 ひろせ・ゆき 69年生まれ。ニューヨーク市立大学で博士号。東京大学大学院准教授(心理言語学)。

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