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殺生と戦争の民俗学―柳田國男と千葉徳爾 [著]大塚英志

[評者]柄谷行人(哲学者)

[掲載]2017年05月14日

[ジャンル]人文

表紙画像

■「理科」と「経世済民」で照らす

 著者大塚英志はアニメやサブカルチャー論で知られているが、大学では民俗学を千葉徳爾の下で学び、その後もその問題を考えてきた人である。千葉は柳田国男の弟子であった。著者にとって、柳田について考えることと、千葉について考えることは切り離せない。そして、千葉を通して考えることは、通常考えられているのとは違った柳田を見いだすことになる。
 民俗学はもともとロマン派文学的であり、それはドイツではナチズムにつながり、柳田の弟子たちもその影響を受けて「日本民俗学」を作りあげた。柳田はそれを退けた。そして、そのような柳田の側面を受け継いだのが千葉である。二人には、共通する面がある。その一つは、彼らがいわば「理科」的であったことだ。千葉徳爾は自らを地理学者と呼び、民俗学者であることを否定した。柳田も自分の学問を民俗学と呼ぶのを拒み、「実験の史学」と呼んだ。この「実験」という言葉は、エミール・ゾラが医学理論にもとづいて「自然主義」文学を唱えたことから来ている。それを最初に日本に伝えたのは、文学者であるとともに軍医であった森鴎外であった。柳田が鴎外と親しく交際したことも、「理科」的な側面と関連するだろう。
 これはまた、つぎのような面ともつながる。柳田は初期の『後狩詞記(のちのかりことばのき)』などが示すように、狩猟民生活に深い関心をもっていたのだが、実は、そのとき彼は「殺生の快楽」を暗示していた。一方、それを公然と書いたのが千葉である。たとえば、彼は大著『狩猟伝承研究』の一環として、『切腹の話』を書いた。切腹は、獲物の内臓を神に捧げる農耕儀礼に始まるという。また、千葉はそこに「殺生の快楽」を見いだしていた。彼は、三島由紀夫の切腹事件に関して、切開傷がわずかで、本来の切腹ではない、と述べた。こんな三島批判は、空前絶後であろう。
 柳田と千葉のもう一つの共通面は、学問を「経世済民の学」として見ていたことである。たとえば、柳田は大正末期、普通選挙の実現のために運動したのだが、制度的には実現されたはずの「公民」の実態に失望し、民俗学を公民教育の手段として役立てようとした。千葉は、そのことを「公民の民俗学」として明確にした。そして、その弟子大塚もそれを強調してきた。それは柳田学の重要な面を照明するものだった。ただ、柳田—千葉—大塚という流れには、柳田にあった一つの面が抜けている。それは、柳田の学問の根底に、平田派神道の神官となった父親が存在する、ということだ。柳田が先祖信仰にこだわったのは、そのためである。
    ◇
 おおつか・えいじ 58年生まれ。批評家。国際日本文化研究センター教授。著書に『「捨て子」たちの民俗学 小泉八雲と柳田國男』(第5回角川財団学芸賞)、漫画原作者として『木島日記』など。

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