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巴水の日本憧憬 [画]川瀬巴水 [文]林望

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2017年05月14日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■暗い旅情を誘う夜景に魅せられ

 夜の帳(とばり)が下りる頃の巴水(はすい)のザワザワさせる夜景に魅せられてきた。黒澤明の時代劇のオープンセットの宿場町、からっ風の代わりに雨、雨上がりの空に月、川面に映る家の灯(あか)りが暗い旅情を誘う。何やら日本人の無意識の底に沈む陰湿な、しかし、温かいぬくもりの中で交わされる小さい団欒(だんらん)のざわめきが灯(あか)りの下から聴こえてくるような幻影に僕は導かれながら、巴水の夜景にとりつかれてきた。
 巴水が影響を受けた小林清親の方が36歳も年長であるにもかかわらず、清親の画題の方が近代的で探偵小説の世界を見るようだ。
 私事になるが、僕は清親を陽、巴水を陰の作家ととらえ(夜景に限るが)、この両極を僕の中の夜景観として自作(夜のY字路)を形成してきたように思う。
 さて、巴水の絵に戻ると、無骨(ぶこつ)な線の描写に無頓着性を見、同時に禁欲的な色彩を見る時、線描と色彩のアンバランスな矛盾に僕は仏教的な悟性を感ぜずにはおれない。そしてそこに微(かす)かな死の影のような気配を抱くのである。
 ひんやりとした死の岸辺からそよそよと此岸(しがん)に届く風は、命の時間を伝えるデーモンの伝言のようでもある。「笠岡の月」と題する絵があるが、本書のもう一人の著者林望氏はこの絵を「もうほとんど闇に沈んでいこうとする人生」と例え、「この絵の翳(かげ)は即(すなわ)ち巴水の命終(みょうじゅう)への予感」と予言する。絵の暗がりにはほとんど闇との区別がつかないほどの人物が弱々しく佇(たたず)んでいるが、僕には亡霊のように見える。
 林氏は画面の中に描かれる人物像に「巴水自身の影がある」と指摘する。そんな人物が絵を奥行きの深いものにしているに違いない。
 西洋のある画家は風景の中に人物を配して初めて風景画になると言ったが、巴水の絵にはほとんど人物が風景の一部として描かれている。巴水の場合、その人物に死の影を宿す。画家はどこか死に寄り添うことで安心するのである。
    ◇
 かわせ・はすい 1883〜1957年。版画家。『東京二十景』など▽はやし・のぞむ 49年生まれ。作家・国文学者。

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