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日本手話とろう教育―日本語能力主義をこえて [著]クァク・ジョンナン

[評者]佐伯一麦 (作家)

[掲載]2017年05月14日

[ジャンル]政治 医学・福祉 社会

表紙画像

■固有の言語を使う権利の尊重を

 ろうの知人から、東日本大震災時の避難所でコミュニケーションがとれず苦労したことを筆談で教えられた。また、会議などで手話通訳が付くことはあるが、たわいもない雑談が交わされているようなときに、自分だけがわからないつまらなさ、これが日本社会でろう者が味わう感覚だとも。
 聾(ろう)学校では聴者(聞こえる人)の教師による口話教育が中心だが、唇の動きを読んで内容を理解し、自分も言葉を発する口話は、生まれつき耳が聞こえない者にとっては非常な困難を伴い、多くのろう児は教師のいないところでは手話を使用し続けてきた、と聞いてきた。文献を渉猟し、戦前からのろう教育の展開を詳述した本書を読むことで、手話を軽んじ、日本語への同化を強いてきた歴史を深く把握することができた。
 手話にも日本手話と日本語対応手話とがあり、後者は日本語を手で表現し口話法との併用を条件として作られたものだが、前者は音声言語とは別の文法をもっている。1995年に出されたろう文化宣言には、「ろう者とは、日本手話という、日本語とは異なる言語を話す、言語的少数者」とあり、その理念から、第一言語として日本手話を、第二言語として日本語の読み書きを学ぶ、バイリンガル教育を実践するフリースクール・龍の子学園が99年に設立され、それを発展させた学校法人・明晴学園が2008年に開校された。
 韓国の留学生だった著者は、単一言語主義を推進してきた日本社会に対して、言語権(少数言語の話者集団が、大言語の話者集団のなかで、固有の言語を使用する権利)を軸に批評も加え、ろう教育が選択肢を広げることは、琉球語などの言語と文化の多様性を尊重することとかかわる、と示唆する。読後、以前観(み)た『音のない世界で』というろう者の日常を描いた仏映画で、手話により、互いの意思、魂が直截(ちょくせつ)的に伝達される様が美しく印象的だったことが思い返された。
    ◇
 KWAK Jeong−ran 韓国のペクソク大学非常勤講師。16年に立命館大学大学院で博士課程を修了。

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