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忘れられた人類学者―エンブリー夫妻が見た<日本の村> [著]田中一彦

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2017年05月14日

[ジャンル]歴史 人文

表紙画像

 熊本の小村「須恵」は、日本民俗の研究者にはつとに名高い。エンブリー夫妻による戦前の滞在調査の記録が、世界で唯一の外国人による人類学的な日本研究だったからだ。しかし、夫妻がその後の日本に与えた潜在的な影響の大きさについて思うとき、その名は「忘れられた」ものとなる。敗戦後、その成果はGHQの注目するところとなり、農地改革をはじめとする占領政策に貴重な材料を与えた。
 だが著者によれば、夫妻は戦争の勝者による一方的な統治と人類学の政治利用には疑念を持っていた。それどころか、村で「はじあい」と呼ばれた日々の協力には、戦後盛んとなる共同体批判には収まらない、もうひとつの「民主化」への萌芽(ほうが)があったのではないかと示唆する。性の奔放さを巡る報告も注目に値する。
 著者は3年弱を現地で過ごし、コーネル大学に残された2280ページに及ぶ筆記に目を通した。エンブリー夫妻の足跡に迫った初の本格的な著作と言ってよい。

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