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文化遺産はだれのものか―トルコ・アナトリア諸文明の遺物をめぐる所有と保護 [著]田中英資

[評者]山室恭子(東工大教授)

[掲載]2017年05月21日

[ジャンル]人文

表紙画像

■発掘者は盗人か、議論が渦巻く

 ここは文化遺産法廷。
 被告席にドイツの考古学者シュリーマンが静かに座っています。
 検察側から始まります。
 「この者は盗人です。我がトルコ国内にあるトロイの遺跡からドイツへと出土品を持ち出しました。トルコで発見された文化遺産の所有権はトルコ国にあると第2863法で定めており、この法律の原型はトロイが発掘されたオスマン帝国期にも存在しました」
 弁護側が反論します。
 「そもそもトルコはトロイの正統な相続人なのでしょうか。多文化を共存させたオスマン帝国を滅ぼしてトルコ系民族による均質化をはかり、120万人ものギリシャ正教徒をギリシャへと追い返して成立した国が、トロイの末裔(まつえい)を名乗る資格があるでしょうか」
 検察側「ヒッタイトもトロイもビザンチンも、このアナトリアの大地に咲いた全ての文化が融合して今のトルコを形づくっているのです。石はそこにあるからこそ重みがある。文化遺産は、発見された場所から切り離してはならない。これが我々の根本の考えです。2011年には、ボストン美術館のヘラクレス像の上半身を取り戻し、現地の下半身と合体させました」
 弁護人2「いっぽうで第二のポンペイと評されたゼウグマ遺跡をダム湖に沈めたのもあなたがたですよ」
 弁護人3「しかも、救出されたモザイク画のうち、現地で人気なのはアンドロメダならぬ無名の少女像です。ギリシャ神話はトルコでは不人気ですね。文化の継承でなく、観光資源が欲しいだけなのでは?」
 弁護人4「人類共通の遺産として大英博物館にでも預ければ、より多くの人びとが鑑賞できるのですよ」
 検察側「それこそ欧米の独善ではありませんか!」
 トルコ—欧米諸国、行政—学者。多様な対立軸からの論点が渦巻き、法廷は混沌(こんとん)としてゆきます。
 シュリーマンは被告席を抜け出して、木馬を掘りに行ったようです。
    ◇
 たなか・えいすけ 75年生まれ。福岡女学院大学准教授。本書は英ケンブリッジ大学に提出の博士論文がもと。

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