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ハイン 地の果ての祭典―南米フエゴ諸島先住民セルクナムの生と死 [著]アン・チャップマン

[評者]山室恭子(東工大教授)

[掲載]2017年06月04日

[ジャンル]人文

表紙画像

■精霊が踊り、歌う、原始の熱狂

 友よ。ふるさとドイツの友よ。
 私は今、万里の波濤(はとう)のかなたにいる。ティエラ・デル・フエゴ、南米大陸の先っぽにへばりついた寒冷の島だ。狩猟の民セルクナムとともに暮らしている。目的はハイン、彼らが催す異形の祭典だ。
 白人到来の前には4千人を数えた彼らは、虐殺と疫病の果てに今や100人ほどが生き残っているに過ぎぬ。もはやハインなど困難だと渋る彼らに、私は360頭の子羊を贈って懇願し、開催に漕(こ)ぎ着けた。
 極寒の冬に全裸の男たちが全身を赤や白の塗料でこってりと彩色し、仮面をかぶって精霊を踊る。ホゥ?ホゥ?ホゥ? 湧き上がる熱狂。この荒々しい奇祭を人類学者として、ぜひにも記録したかったのだ。
 ああ、何から話そう。全てが驚きに満ちている。
 まずは進行。ハイン小屋に男たち、200歩離れた宿営地に女たち。男たちが精霊に扮(ふん)して演じ、女たちは詠唱で応じつつ、精霊を畏怖(いふ)し、からかう。祭典の冒頭には少年が通過儀礼を受ける一幕があるが、すぐに精霊たちの放埒(ほうらつ)な踊りに移行し、これが断続的に数か月も続く。
 私のお気に入りは角を生やした道化師だが、重要なのはサルペンだろう。焚火(たきび)から出て男たちを喰(く)らう魔性の女で、6メートルの巨大人形として登場する。かたやサルペンの生んだ赤ん坊は鳥の綿毛が全身を覆って、かわいいんだ。
 まったく私はハインに取りつかれた。魂を揺さぶる原始のエネルギー。同封した50葉ほどの写真から感じてもらいたい。
 風よ。パタゴニアの荒ぶる風よ。滅びゆく祭典の記憶を世界に届けたまえ。
 1923年冬7月
マルティン・グシンデ
——史実に即して彼の手紙を創作してみた。
 この10年後にハインは滅び、さらに75年を経て、彼の記録をもとにアメリカの人類学者がハインの全容をまとめた。本書である。
    ◇
 Anne MacKaye Chapman 1922〜2010年。米の人類学者。本書は人類学者グシンデらの記録を文献にした。

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