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おもちゃ絵芳藤 [著]谷津矢車

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2017年06月11日

[ジャンル]歴史 人文 アート・ファッション・芸能

表紙画像

■一途な絵師がたどり着いた境地

 谷津矢車は、27歳だった2013年に、若き日の狩野永徳を描く『洛中洛外画狂伝』でデビューした。その後の活躍は凄(すさ)まじく、『しゃらくせえ鼠小僧伝』『信長さまはもういない』など、戦国ものから江戸ものまで、質の高い作品を立て続けに刊行している。
 著者がデビュー作以来の芸術小説に挑んだ本書は、幕末の天才浮世絵師・歌川国芳の弟子ながらほぼ無名の芳藤に光を当てている。
 タイトルにある玩具(おもちゃ)絵は、絵双六(すごろく)、福笑い、紙を切って立体模型を作る立版古(たてばんこ)のように、子供が玩具にする浮世絵のこと。使い捨てにされる玩具絵は新人絵師の仕事とされるが、絵に華がない芳藤が頼まれるのは玩具絵ばかりだった。
 芳藤の周囲にいるのは、無惨(むざん)絵の傑作「英名二十八衆句」を競作した弟弟子の芳年と幾次郎(芳幾)、多くの流派の技法を身に付けた河鍋狂斎ら才能あふれる絵師ばかり。そのため芳藤は、嫉(ねた)み嫉(そね)みの感情と仕事の依頼がなくなることへの不安を常に抱えている。能力が高い仲間への羨望(せんぼう)や、業績が悪いと仕事を失うかもしれない恐怖は、働いていれば誰もが経験するはずなので、芳藤の苦悩は身につまされるのではないか。
 明治に入ると、写真や西洋絵画に押され浮世絵は下火になる。芳年は、文明開化の世を題材にした錦絵で人気を集め、幾次郎は身分が保障された新聞社の社員として挿絵を描き、狂斎は暁斎と名を変え英国人のコンドルにも師と仰がれるアーティストになる。そんな中、不器用な芳藤は、ひたすら玩具絵を描き続けた。
 一流の絵師は見向きもしない玩具絵に一途に取り組んだ芳藤が最後にたどり着いた境地は、人生を豊かにする働き方とは何かを問い掛けているので胸に迫ってくる。何より時流に乗るよりも、伝統を守り、信念を貫く道を選んだ芳藤の生きざまは、機能性と経済効率を優先する社会が忘れてしまった大切なものを、思い出させてくれるのである。
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 やつ・やぐるま 86年生まれ。作家。2012年に「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞。『蔦屋』『曽呂利!』など。

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