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開高健-生きた、書いた、ぶつかった!、美酒と黄昏 [著]小玉武

[評者]佐伯一麦 (作家)

[掲載]2017年06月11日

[ジャンル]人文

表紙画像

■定説をやんわり修正して説得力

 昭和5(1930)年に生まれ、平成元(89)年に58歳で亡くなった開高健は、昭和という時代と格闘し続けた作家だった。ベトナム戦争への従軍や、アマゾンへの冒険を伴う釣行など、旺盛な行動力で知られ、また文壇の三大音声の一人と称された豪放なイメージがつきまとっていたが、元来は虚弱体質で、内面には鬱(うつ)症(梶井基次郎の小説にある“滅形”という表現を自身では使った)を生涯病んでいた。『開高健』は、そうした様々な貌(かお)を持った作家の生涯を、新たに公開された大阪時代に埴谷雄高に宛てた書簡などの新資料も踏まえ、没後28年にして満を持して上梓(じょうし)された精緻(せいち)な評伝である。
 著者は、早大新聞部員として開高健と出会った後、壽屋(現サントリー)宣伝部で「洋酒天国」の編集長だった開高の後輩となり、生涯深い縁を持った。そのことが本書をすぐれて実感的なものとしている。
 開高文学の最高傑作である『夏の闇』に登場する女性のモデルの定説を、一人ではなく二人の女を融合させたのではないか、とやんわりと修正して説得力をもたらしている聡明(そうめい)で公正な視線は、評伝全体に及んでおり、結婚生活が小説家と詩人の夫婦にとって幸福なものではなかった、とする従来の見方にも疑問を呈する。愛憎相半ばする感情の対象である妻を、第三者たちが「悪妻」と勝手に判断してよいものか、と。
 さらに、釣り紀行『オーパ!』について、批判も紹介した上で擁護し、親密だった阿川弘之との間に晩年に生じた蟠(わだかま)りと和解についても懇切な記述がある。その早過ぎる死について、ベトナムでの枯れ葉剤の影響を懸念しているところでは深く物思いに沈まされた。
 カバーに同じく柳原良平のイラストが描かれている『美酒と黄昏(たそがれ)』は、開高をはじめとする作家・文人たちの酒と酒場をめぐる歳時記風のエッセー集で、日本に育まれた洋酒文化の蘊蓄(うんちく)の深さに酔いしれた。
    ◇
 こだま・たけし 38年生まれ。エッセイスト・俳人。著書に『「洋酒天国」とその時代』『佐治敬三』など。

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