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研辰の系譜―道化と悪党のあいだ [著]出口逸平

[評者]サンキュータツオ(お笑い芸人、日本語学者)

[掲載]2017年06月18日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■世につれ変わる“無責任男”の像

【読む前に】 「研辰」って「けんたつ」と読むのかと思ったら「とぎたつ」だった。そんな私でも最高に楽しく読めた。
 「研辰」というのは研屋(とぎや)の辰次という歌舞伎に出てくるキャラクター。01年に歌舞伎座で上演された野田秀樹脚本による『野田版 研辰の討たれ』が有名で(当時の勘九郎が演じた)、05年にも再演された。侍を手にかけた辰次が、仇討(かたきう)ちにあうというこの物語は、江戸末期から現代まで上演され続けているが、時代とともにその描かれ方が違うようだ。
【概要】 研辰という人物は辰蔵の名で実在し、またこの物語のモデルとなった出来事が実際にあった。しかも、記録によると辰蔵が侍を殺(あや)めてしまったのは、妻を寝取られてしまったからであった。だが、物語はこの史実を隠し、侍の弟や息子たちの仇討ちものに仕上げていく。そして研辰は時に悪党、時に道化役として追いかけてくる仇討ちたちに語り掛けるコメディリリーフとなっていく。
 時代によっては封建社会への皮肉になり、勧善懲悪の物語にもなったわけだが、ユーモラスな研辰という人物は歌舞伎の演目のなかでもひときわ異彩を放ち続け、現代まで伝わっている。
 本書はその史実、上演記録、そして研辰と「研辰的なもの」がどう伝わってきたかを信頼に足る資料の数々でつぶさに解き明かした。最高の歴史ミステリー!
【所感】 落語などを聴いていると、古典というのは時代に合わせて常にその意味合いをアップデートしている。が、昔のバージョンや意味を復元できるかというとそれは難しい。ただ、観客としてはその復元された情報や削られた情報を一覧して、人の想(おも)いの地層を見たい。本書はその地層を展開してくれた。植木等が演じた無責任サラリーマンが、研辰の系譜にあるという指摘はこの「地層」を知ればなるほどと頷(うなず)ける発見だった。
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 でぐち・いつへい 56年生まれ。大阪芸大教授(日本文学)。文化庁芸術祭演劇部門審査員などを務める。

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