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語り継ぐハンセン病―瀬戸内3園から [編]山陽新聞社

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2017年06月18日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■今、伝えたい 孤絶の中の希望

 国立療養所大島青松園を初訪問したのは、2010年の瀬戸内国際芸術祭のことだった。90年近く続いた国の隔離政策によるハンセン病への故(ゆえ)なき偏見については、それなりに関心を持っていたつもりだったが、海岸に投棄されていたのを引き上げて展示に及んだ解剖台と対面し、身がすくんだ。自分はなにもわかっていなかった、と痛感した。
 本書は、取材エリアの瀬戸内に三つのハンセン病療養所を抱える山陽新聞が、回復者の方々からの粘り強い聞き取りをもとに79回にわたって連載したもの。だが、取材は容易ではなかった。平均で80歳を超える高齢化だけではない。「らい予防法」の違憲を主張した国賠訴訟に勝利して10年以上を経ても、家族への差別を恐れて本名を名乗るのをためらい、人生を終えようとしている人がたくさんいる。「回復者たちの思いを、誰が未来につなぐのか」——課題の解決はこれからが正念場なのだ。
 その点、冒頭に「引き裂かれた家族」を置く構成に注目したい。被害は家族まで及んだとし、国に損害賠償を求める提訴が熊本地裁に出されたのは実に昨年のことだが、国は請求棄却を求めている。療養所の世界遺産登録や永久保存を目指す構想が立ち上がる一方で、老朽化した施設の取り壊しも櫛(くし)の歯が欠けるように進む。取材班による「歴史を伝えるのは今しかない」という強い動機は、今まさに目の前で失われつつある現実に由来している。知識の普及だけで解決できるほど問題は易しくない。
 だが、負の遺産だけではない。療養所には輝かしい財産が眠っている。私は、本書でも言及される先の芸術祭に参加した美術家たちが発見した写真家、鳥栖喬(とすたかし)や、歌人、政石蒙(まさいしもう)の存在を知り、新しい芸術の可能性に目を見開いた。そこには孤絶のなか、人はなにを希望に生き得るのかという根源的な問題が豊かに開示されている。簡潔かつ要を得た巻末の資料も必見。
    ◇
 山陽新聞の2015年1月から翌年3月までの連載をまとめた。石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞など受賞。

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