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月の満ち欠け [著]佐藤正午

[評者]斎藤美奈子 (文芸評論家)

[掲載]2017年06月25日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■生死超えて遂げる、前世の思い

 世の中には前世を記憶している(としか思えない)子どもたちがいるという。彼や彼女はある日、語りはじめる。知るはずのない過去について。行ったことのない場所について。
 人は何度も生まれ変わるという輪廻転生(りんねてんしょう)の現象。それがこの小説の中心を貫くモチーフなのだ。
 最初の異変は小山内堅(おさないつよし)の娘・瑠璃(るり)の上で起きた。7歳の秋、高熱を出した後に彼女は変わった。急におとなびた表情を見せ、黛ジュンの歌を歌い、デュポンのライターを見分けた。「あの子は知るはずのない昔のことを知ってるし、そのことを隠そうとしてる」
 彼女はしかも家出をしては連れ戻され、「瑠璃はいくつになったら、ひとりで電車に乗ってどこにでも行けるの」と訴えた。
 この子は誰かに会いに行きたがっている? まさか前世で出会った誰かに!?
 ライトノベルなんかだと生まれ変わりはわりとよくある仕掛けである。登場人物はあっさり状況を受け入れ、その前提で物語はちゃっちゃと動き出す。
 でもね、この小説はちがうのよ。堅は異変を受け入れられず、瑠璃の言動はベールに包まれ、物語は静かに重層的に進行するのだ。
 高校を卒業するまで遠出はしないと約束した瑠璃は高校の卒業式を終えた日、事故で命を落とす。
 15年後。堅の前にひとりの男が現れた。三角哲彦(みすみあきひこ)と名乗る男は、瑠璃との思い出を語りはじめた。小山内瑠璃ではなく30年前の正木瑠理との思い出を。
 「あたしに選択権があるなら、月のように死ぬほうを選ぶよ」と語った瑠璃。「月が満ちて欠けるように」「そう。月の満ち欠けのように、生と死を繰り返す。そして未練のあるアキヒコくんの前に現れる」
 ファンタジーはちょっとという人をもねじ伏せる説得力。瑠璃(たち)の思いはどこへ向かうのか。虚実の皮膜を行く佐藤正午の本領発揮。本を閉じた後、世界がちがって見えるかも!
    ◇
 さとう・しょうご 55年、長崎県佐世保市生まれ、在住。本作は直木賞候補。『鳩の撃退法』で山田風太郎賞。

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