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BUTTER [著]柚木麻子

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2017年06月25日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■女性に課されたくびきを照らす

 2009年に首都圏で起きた男性3人の連続不審死事件をモチーフにした長編小説だが、注目を集めた事件について独自の謎解きを試みた内容ではない。
 著者は、事件そのものよりも「あの事件を生んだこの社会背景」に踏み込んで、「生きづらさ」を感じている女性たちの複雑な内面を掘り下げ、光を当てることに重きを置いた。
 婚活サイトを介して知り合った男性たちから多額の金銭を受け取ったうえ、殺害したとして逮捕され、東京拘置所に勾留中の梶井真奈子。彼女の独占インタビューを狙い、面会にこぎつけた週刊誌記者の町田里佳。男性に負けず仕事に打ち込み、特ダネを書いてきた里佳と、女を前面に出して男を包み込み、欲望を満たしてきた梶井は対照的な人物だ。「美味(おい)しいもの」の話しかしない梶井の歓心を得るため、里佳は彼女の言葉に従って、様々な場面で味わうバターを体験し、痩せた身を太らせていく。
 太った梶井の欲望の象徴のようなバター。その魔力に取り込まれた面はあるが、話は一方的ではない。様々なものを犠牲にしてキャリアを築いてきた里佳の心の空洞に濃厚なバターが溶け込む。女性が太ることは罪という刷り込みをされる社会のくびきから、自分を解放していく側面もあるのだ。
 里佳の大学時代の親友で、仕事よりも結婚生活を選んだ伶子も物語に加わり、その3人の関係が化学変化を起こしていく。彼女たちがどのような変貌(へんぼう)を遂げるか目が離せなくなる、強い吸引力を持った小説だ。男性が読むと、女性に身勝手な押しつけをしてきた我が身を振り返ることになるかもしれない。
 本書の装画も非常に印象的だ。バターの黄金色をした、豊かな長い髪をたたえ、目を閉じた女性。彼女が何を思うかを想像し、吸い付くような質感の表紙を触りながら読むと、この物語にシンクロしていく感覚が生まれる。
    ◇
 ゆずき・あさこ 81年生まれ。本作は直木賞候補。『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞、『嘆きの美女』など。

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