書評・最新書評

うき世と浮世絵 [著]内藤正人

[評者]サンキュータツオ(お笑い芸人、日本語学者)

[掲載]2017年07月02日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■江戸と現代のサブカルをつなぐ

 アニメなどの原作となっている挿絵入りの小説は現在「ライトノベル」と呼ばれ、文学賞を争うような小説群と区別されている。そしてライトノベルを書いている人たちのなかには、自分のことを「ライトノベル作家」だとは自称しておらず「小説家」だと自負している人が多い。あくまでジャンルの呼称は世間が決めている。
 このことは、浮世絵師にも言えた。江戸の浮世絵師・菱川師宣は浮世絵を普及させたことを自他ともに認めるが、一貫して自分のことは大和絵師ないし日本絵師と称した。つまり、浮世絵は、春画か役者絵だと判じられ、伝統的な日本絵画の線上では語れないものだと目されてきたのだ。それは昭和まで続いた風潮だ。師宣には、春画を描く者だと決めつけられることへの抵抗があったという。ではそうしたサブカルチャーとしての浮世絵の「浮世」とは、いったいどこから出てきた概念なのか。
 本書は「うき世」が、仏教的な無常観を漂わせる「憂世」から、次第に現世肯定的で享楽的な「浮世」に変遷し、定着していく過程を記紀万葉、源氏物語、太平記といった古典作品から江戸時代の小説に至るまでの使用例を調べ、抽出し明らかにしていく。ともすれば教科書的な「浮世絵の歴史」といった内容になりがちなテーマで、このように語史から検証したという点が画期的だ。そして、言葉の意味から捉え直した歴史観で、その意味に符合する浮世絵史を再構成する。するとどうだろう、先述の師宣の心理や、後世「浮世絵師」を名乗った絵師たちのプライドまでが手に取るようにわかってくる。
 著者の横断的な考察はさらに、冒頭に述べた現代におけるライトノベルや、「絵師」と呼ばれる二次元絵の作家たちの存在にも紐(ひも)づけられる。いま起こっていることは過去にも起こっていること。よくぞ言ってくれた! と快哉(かいさい)を叫んだ一冊。
    ◇
 ないとう・まさと 63年生まれ。出光美術館主任学芸員を経て、慶応大教授。著書に『浮世絵とパトロン』ほか。

関連記事

ページトップへ戻る