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無くならない―アートとデザインの間 [著]佐藤直樹

[評者]野矢茂樹(東大教授)

[掲載]2017年07月02日

[ジャンル]アート・ファッション・芸能

表紙画像

■肩書が無いところに「力」の源

 著者は「アートディレクター」として20年以上仕事をしてきた。しかし、もうそんな肩書はやめようと言う。とはいえ、仕事をやめるわけではない。
 仕事は続けつつも、新たに絵を描き始める。「なんだ、こんどは画家になるってことかい?」いやいや、そう短絡してはいけない。「画家として」絵を描くわけではない。「ああ、既存の作法に囚(とら)われずに勝手気ままに描くってこと?」——というわけでもない。ここなんだ。肝心なところは。
 創作だとか自己表現だとか言う以前に、私たちは、あるいは人類はと言ってもよい、絵を描いてきた。絵を描くということには何か止(や)むに止まれぬところがある。その力に身をまかせて、絵画の発生の現場に入り込む。それは勝手気ままとはほど遠いものに違いない。そこで、肩書を脱ぎ捨てた素っ裸の著者は、絵画に「入門」しようとする。門のない勝手気ままな土地をさまようのではない。こっちのままにならない何かがある。だから、その門をくぐって向こうに行きたい。
 誰かに認められたい、そんなさもしい気持ちと(難しいけど)手を切って、そうだな、ここは著者の言葉を引こう。「誰に何を伝えるかということ以前に、『それ自体に心奪われる』瞬間があるわけです。おそらくそれがなければ絵は成立しません。」これは絵に限った話ではない。私は絵は描かないが、この言葉にはぐっとくるものがある。
 そして著者、佐藤さんは何をするかというと、ここ数年はベニヤ板に木炭で植物を描き続けている。終わることなく、描き足して現在は90メートルの長さに及んでいる。私はそれを見る機会を得たが、なんだろう、このもこもこと湧き出てくる力、静けさとざわめき。圧倒された。
 肩書をなくすと自分が無くなってしまうように感じていませんか? いや、「無くならない」んだな。むしろそこにこそ、「力」の源があるのだと思う。
    ◇
 さとう・なおき 61年生まれ。多摩美術大デザイン学科教授、「アーツ千代田3331」デザインディレクター。

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