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暗い時代の人々 [著]森まゆみ

[評者]立野純二(本社論説主幹代理)

[掲載]2017年07月09日

[ジャンル]人文 社会

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■精神の自由掲げた9人の輝き

 直言居士がいない時代である。立場よりも、正道を貫く人間の姿がない。組織の空気を読むばかりを美徳とする風潮が、いかに世を息苦しくしているか。
 大正末期から昭和の戦争に至る頃は「暗い時代」と呼ばれる。だが当時は闇の中にも精神の自由を掲げ、きら星のように光る「いい男」と「いい女」がいた。
 そんな9人を選び、生涯の歩みと人脈をたどるのが本書である。節を曲げず、おのれに正直に生きた群像の評伝がすがすがしい。
 軍靴の音高まる折の国会で、万民の胸をうつ粛軍・反軍演説をぶったのは斎藤隆夫だ。国会を除名されても守り抜いたのは、「立憲主義」の信念だった。
 有権者の務めは選挙だけではない。一人ひとりが立憲意識に目覚め、政治家を適切に監視せねばならない——斎藤の提言は、現代への痛切な戒めに聞こえる。
 女性の自由を社会主義に見た運動家山川菊栄、治安維持法に抗した政治家山本宣治、権力を嫌う画家竹久夢二……。親族友人の助けあいや奔放な異性関係にも及ぶしなやかな筆が、ユーモアや辛口批評も交えつつ生身の人間像を伝える。
 当時にあって今はないものもかいま見える。ロシア革命を背景に、謙虚に諸外国に学ぼうとした探究心。苦境を生き抜く同志が織りなす人間模様の濃さ。
 特高警察も検閲もなく、ネットで誰とでもつながる今、言論が痩せて見えるのはなぜか。社会主義のユートピアも、高度成長の夢もなくした停滞社会とはいえ言い訳になるまい。
 テロの不安に乗じて市民の自由を削り、憲法解釈もきのうまでの黒を白と言いくるめる。そんな理の通らぬ政治の流れに棹(さお)さすのが「忖度(そんたく)」の文化だろう。
 憲政の神様とあおがれた尾崎行雄が、斎藤に贈った和歌が重く響く。「正しきを践(ふ)んで怖(おそ)れず、君独り 時に諛(おも)ねる人多き世に」
 自分の「正しき」を決めるのが権力や上司のご意向ならば、今の世こそ暗い。
 評・立野純二(本社論説主幹代理)
    ◇    
 もり・まゆみ 54年生まれ。作家。著書に『鴎外の坂』『昭和文芸史』『「青鞜」の冒険』『子規の音』など。

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