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偽装死で別の人生を生きる [著]エリザベス・グリーンウッド

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2017年07月16日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝 国際

表紙画像

■現代社会の病理うつす取材記録

 死亡偽装による保険金詐欺を記事にしたことがある。パキスタン人の夫が同国内で交通事故死したとして、日本人の元妻が大手生保から3千万円の保険金を受け取ったが、その後に死亡関係書類が偽造と判明。生きていた夫は身を隠すどころか、パキスタンの地方議員選挙で当選していた。
 本書に登場する米国の死亡偽装者たちも潜伏中のうかつな振る舞いでばれてしまい、「不運な結末はジョークのオチのようだ」。それでも、本書によると、1990年以降の米国統計では、死亡偽装を試みて発覚した生命保険金詐欺が年平均で約23件と多い。2001年の9・11テロ事件では、親族がテロで死んだことにして保険金や義援金をだまし取ろうとした犯罪も相次いだ。社会の病理を表す偽装死の実態を追跡したノンフィクションで、失踪請負業者、偽装死の摘発業者の仕事ぶりを含め、その人間模様に引き込まれる。
 著者がこの問題を取材するきっかけは、大学進学時に借りた学資ローンの返済額が利息を含め50万ドルに上ることを悲観し、死亡偽装のアイデアに引かれたことだという。偽装死者の「絶望」に共感するため、その心理を解明していく筆に説得力が宿っている。
 保険金詐欺以外にも、借金返済の困苦、ストーカーからの逃亡など、死亡偽装の理由は様々だ。それを考える人々の多くは、大それた犯罪者というより、「社会の歯車の一つにすぎない平凡な人たち」。個人データが蓄積されて姿をくらますことが難しい現代社会でも、借金で苦しむ人が多い米国民には、「ほかの誰かに成り代わりたいという衝動」が心の奥底で強まっているとの著者の分析には、暗然とさせられる。
 しかし、取材の果てに、フィリピンで偽造した自分の死亡証明書を入手した時、「死に直面したショック」で「生に立ち戻った」と振り返る。この取材記録は、絶望の淵(ふち)に立った著者の再生の物語でもある。
    ◇
 Elizabeth Greenwood 米国育ち。小学校教師を経て、現在はコロンビア大で作文法を教える。

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