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特高と國體の下で―離散、特高警察、そして内戦 [著]孫栄健

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2017年07月16日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■拷問受けた「在日」の心象を描く

 1918年2月に朝鮮の慶尚南道に生まれた朴庸徳の歩みを在日3世の著者が追跡調査する。朴は7歳で家族と共に来日、飯場を転々として小学校も12回転校しながら日本社会に身を置く。最下層の仕事に携わりながら、朝鮮人仲間との交流によって民族意識に目ざめていく。
 堺市に住みつき、やがて東京に出て、向学心と仕事への意欲を満たそうとする。人間として知への渇きを抑えられない、同時に母国が蹂躙(じゅうりん)される様にがまんがならない。勉強会、労働学校などでの学びによって母国を日本の隷属化から引きはなすこと、それが人生の目標にもなる。36年秋に堺で逮捕された仲間との葉書(はがき)から不穏な計画を立てていると疑われ、東京で逮捕される。
 こうした朴の体験を著者がすべて聞きとり、さらに特高関係の記録文書を丁寧に集めてその実態を再現する。特高文書の記述の詳細さに驚かされる。著者の感性は、植民地化された朝鮮人の心象を鋭く見つめる。
 本書の圧巻は、日本の特高警察にどれほどひどい仕打ちを受けたか、その拷問内容が実にこまかく書かれている点だ。読むだに辛(つら)いが、しかしこうした描写は決して過去のものではなく、共謀罪が適用されるこれからの日本社会にもありえるのではないか。
 戦後、朴は県警本部で自分に拷問の限りを尽くした幹部の特高刑事に会う。土下座して謝罪する刑事、しかし、末端の特高刑事たちは追放される。こういう理不尽さと特高警察による死に通じる暴力はいずれにしても社会病理であり、拷問とセットになった「國體(こくたい)」の姿は、「非民主的装置」のもとでの生活と理解すべきである。
 朴は戦後社会で、民団の幹部となるが、在日2世、3世の精神を保つ「根の器」のようなものが必要という指摘は重い。自分の人生が良かったか悪かったかはわからない、という朴の言葉に考えさせられる。
    ◇
 そん・えいけん 著書に『領域を超えて 朝鮮半島と「在日」の90年代』、共著に『日本渤海交渉史』など。

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