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一枚の切符―あるハンセン病者のいのちの綴り方 [著]崔南龍

[評者]齋藤純一(早大教授)

[掲載]2017年07月16日

[ジャンル]社会

表紙画像

■浄化の対象として隔離した歴史

 いまハンセン病療養施設にいる人の平均年齢は85歳になった。同年代の著者は、10歳のときから岡山県長島の邑久(おく)光明園で暮らす。本書は、著者自身のエッセーと孫和代氏が著者から聴きとって構成した文章から編まれている。
 光明園開園当時の園歌には、「民族浄化」という言葉が含まれていた、という。ハンセン病者がその対象だったことは言うまでもない。
 そして、入園者の約1割を占めた韓国・朝鮮人は、特別の監視の視線にさらされただけではなく、日本語の読み書きが十分ではないこともあって、堕胎児の処理や火葬作業を含むきつい仕事に就かされた。あの「指紋押捺(おうなつ)」もハンセン病者には要求されなかった。
 「民族浄化」の思想が、ハンセン病者に不妊手術や堕胎、さらに新生児殺を強いたことは知られている。療養所では「『いのち』と『生きる』ということは、別な問題である」と著者は言う。「生きる」から切り離された「いのち」の一部は「胎児標本」とされ、長く放置されていたが、2008年に焼却された。
 その折の、「これ(胎児)も数に入れて下さい」という言葉は、国家がカウントする価値がないとした者たちを代表して、痛切に響く。
 本書には、ハンセン病者が被ってきた不正義の経験への再認識を求めるという面がもちろんある。が、それとともに、日々の暮らしを辿(たど)りなおし、「形あるものもないものも、少しでも生きがいや喜びがあったことを気づかせるもの」を忘却から救いだすという色合いもある。戦後間もなく郷里に帰る切符をくれた寮母さんの心遣いが本書のタイトルとされている。
 この先、ハンセン病の歴史は同時代のものではなくなっていくだろう。それでも、ある人々を「浄化」の対象として「狩りこみ」、貨車で施設に送り、戦後もなお隔離を続けた歴史を忘れるわけにはいかない。
    ◇
 チェ・ナムヨン 31年生まれ。著書に『崔南龍写真帖 島の65年 ハンセン病療養所邑久光明園から』など。

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