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樹木たちの知られざる生活―森林管理官が聴いた森の声 [著]ペーター・ヴォールレーベン/森林業―ドイツの森と日本林業 [著]村尾行一

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2017年07月30日

[ジャンル]政治 科学・生物 社会

表紙画像

■適材適所へ生態学的健康維持を

 木や森は、人間にとってどこか理解しがたい存在だ。ところが『樹木たちの知られざる生活』を読むと、木にも私たちとよく似た「生活」があることに気づく。その特性が最大限に発揮される環境が「森」なのだ。そのとき、人は木との付き合いを根本から改めざるをえない。ドイツで20年以上にわたって森林管理官を務めた著者の言葉は日々の観察に根差し、引き込まれるような説得力がある。
 私たちはなぜ、そのことをわからずにいたのか。著者が挙げる理由のひとつは、木の寿命が人に比べてはるかに長いことだ。状態のよい森で暮らす木は、小さくてまだ若そうでも、実際には百年以上同じ場所に立っていることがありうる。人間にはそれが見えない。けれども、木が幸福に生きているかどうかは、森を歩くことで人にも無意識のうちに感じ取ることができると著者は言う。
 そんなドイツに倣うなら、日本に必要なのは森を木材栽培のための農場と見做(みな)す「林業」ではなく、「森林業」でなければならないと『森林業』の著者は説く。たしかに、人間が樹木よりずっと短命なら、収穫を季節で管理する農業の方法を当てはめるのには土台無理がある。良質な木材の確保のためには、収穫以前に森の生態学的な健康維持が大前提となるからだ。恵みの適材を適所に届ける市場原理のうえでもそのほうが合理的だ。保養や風致を含めた多機能的な産業基盤も長期にわたって厚くなる。
 ところが、伐倒の近代化や運搬の陸送により、高品質の木材にとって不可欠な乾燥過程が省かれ、乾燥材の重要性が度外視されるほど日本の林業は後退している。求められるのは、高度な知識と職能を備えた人材の育成だ。しかしそれだけではない。ドイツでは森林業自体が高度に組織された美学の実践なのだ。近代ドイツ林業はその両立を成し遂げた。だからこそ樹木たちにも生活があることに気づけたのだ。
    ◇
 Peter Wohlleben 64年、ドイツ生まれ。フリーの森林管理官▽むらお・こういち 34年生まれ。農学博士。

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