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動物奇譚集1・2 [著]アイリアノス

[評者]蜂飼耳(詩人・作家)

[掲載]2017年07月30日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■蟹や羊の伝承がいざなう遠い旅

 生きている間に出会う人間が限られているのと同様、接する機会のある人間以外の生き物もまた限られている。これに気づくとき、自然だけが、人間に自然の前で頭を垂れることを教えられるのだと気づく。
 『動物奇譚集』の著者クラウディオス・アイリアノスは、170年頃、ローマの東、プラエネステ(現パレストリーナ)生まれ。解放奴隷だったらしいこと以外、伝記的な事柄はほとんど伝わっていない。とはいえ、生き物をめぐる多彩な逸話から成る『動物奇譚集』が、こうして現代の日本語で読めることは、それ自体が静かな驚異に他ならず、その中身こそ著者の姿だと受け取りたい。
 原典は17巻。本訳書はそれを二分冊にして収録。実在の生き物から架空の存在まで、ごく短い言葉でまとめられた観察や伝承の類だが、目次の言葉を眺めるだけでも想像を掻(か)き立てられ、飽きない。
 「銀杏蟹(イチョウガニ)の音楽漁」。この蟹は横笛の一種によって捕獲される。「銀杏蟹が巣穴に潜りこんでいるところを、漁師が演奏を始める。相手はそれを聞いて、何か呪文に誘われるように室から出て来て、楽しさに釣られて海から上がりさえする」。そこを捕まえる。
 またたとえば「春分・秋分を知る雄羊」の項も印象深い。全文を引こう。「聞けば雄羊は冬の六カ月の間、眠りに取り籠(こ)められた時には、左脇を下にして横になり眠るが、春分の日以後は右脇を下にして、反対の姿勢で休むとのこと。してみると、雄羊は彼岸の中日ごとに寝方を変えるわけだ」。それでどうなのか、という続きのないところが、こうした伝承の面白さだ。
 ギリシア古典の翻訳書だけれど、研究者だけが近づけるかたちではなく、一般読者にも開かれた体裁の書物となっている点がよい。古代の博物学的視点には思いがけないほどの奥行きと豊かさがあって、頭は遠い旅へ誘われる。真夏の読書にぴったりだ。
    ◇
 Klaudios Ailianos 古代ローマの文人。ギリシア語で著作を残した。著書に『ギリシア奇談集』など。

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