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カストロの尻 [著]金井美恵子

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2017年08月06日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■芥川的で谷崎的な快楽を味わう

 金井美恵子の新作は、谷崎潤一郎や後藤明生らの文章を引用しながら「小説家の『幸福』」について書くエッセイから始まるが、文体も内容もまったく変わっていないのに、いつのまにか短編小説「破船」へとシフトする冒頭だけで傑作と分かり、三島由紀夫が『小説家の休暇』で稲垣足穂の仕事を「エッセイ的小説、小説的エッセイ」と評し、絶賛したことを思い出した。
 そのほかの短編も、映画『赤線地帯』『007 ゴールドフィンガー』、スタンダールの小説『カストロの尼』などに言及、こうした膨大な先行作が読者のイマジネーションを刺激するのに加え、一文がとてつもなく長い宇野浩二を彷彿(ほうふつ)させる饒舌(じょうぜつ)で魔術的な文体も魅力になっているので思わず引き込まれてしまうが、「筋」といえるものはない。1927年、芥川龍之介が雑誌「新潮」の合評会で谷崎潤一郎の小説を論評する中で「話の筋」が「芸術的」かは「非常に疑問だ」と発言、すぐに谷崎が「改造」に連載中の『饒舌録』で小説から「筋」を除外すると「特権」を捨てることになると反論した有名な論争があったが、本書の収録作は一見すると芥川的な「筋」のない小説に見えるものの、「胡同(フートン)の素馨(ジャスミン)」という言葉が無関係に思えた短編を繋(つな)いだり、金粉ショーのダンサーに夢中になる男を二つの短編で描いたりと、全体を通して読むと構造美とでもいうべき豊潤な物語世界が浮かび上がるので、その意味では谷崎的といえる。文学史に残る大作家の論争を手玉に取ったかのような本書には、男性が中心になって作り、その状況が今も続いている近代日本文学という制度への痛烈な皮肉も感じられた。
 本書は読者を選ぶが、作中には思わず見たくなるような映画や小説が紹介されそれらに触れた後に再読するとまた違った風景や解釈が立ち現れるので何度も楽しめるのは間違いなく、小説を読むことの“快楽”を味わいつくせるのである。
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 かない・みえこ 47年生まれ。79年『プラトン的恋愛』で泉鏡花文学賞。『タマや』『お勝手太平記』など。

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