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「大衆」と「市民」の戦後思想-藤田省三と松下圭一 [著]趙星銀

[評者]齋藤純一(早大教授)

[掲載]2017年08月06日

[ジャンル]政治 社会

表紙画像

■社会の民主的成熟に向けて議論

 藤田省三と松下圭一は、戦後間もなく丸山眞男のもとで学び、1950年代後半から80年代にかけて民主主義をめぐる議論をリードした。「天皇制社会」や「安楽への全体主義」、「市民自治」や「シビル・ミニマム」といった言葉を思い浮かべる読者も少なくないのではないかと思う。藤田と松下は、マルクス主義や近代化論などから距離をとり、民主的な社会の政治的成熟をはかる独自の議論を展開した。
 本書は、「大衆」から「市民」へというプロジェクトを共有しながらも、2人の議論が、高度成長、60年安保、象徴天皇制などをめぐってどう分岐し、またどう交錯したかを、同時代の言説状況にも目を配り、たどり直した、厚みのある戦後思想の研究である。
 本書によれば、2人の議論は、とりわけ高度成長が社会にもたらした変化をどうとらえるかについて際立った対照を見せた。松下が、生活の豊かさに自由の条件の拡大を見たのに対して、藤田は、そこに体制への馴化(じゅんか)と新たな抑圧を見た。松下が、「小さくても確かな現実の変化に対する粘り強い関心」を保持したのに対し、藤田は、「理性なき合理化」に徹底した批判を加え、やがて「社会全体を敵に回す」ような論陣を張ることになる。
 藤田は、現実と普遍的な理念の距離が可能にする先鋭的な「批判」に理論の役割を見たのに対し、松下は、現実の変化が見せるポテンシャルを実際の政策形成につなげていく「道具」的な役割を理論に求めた。
 松下が20世紀の特徴とみなした大衆社会化の趨勢(すうせい)は終わり、「大衆」という言葉もリアルには響かなくなった。踏まえるべき現実は大きく変化したが、市民的(civil)な自由と独立に基礎をもつ社会の民主的成熟というプロジェクトが終わったわけではない。本書は、理想と非理想の関係をそれぞれの仕方で描いた2人の議論の迫力と奥行きを十分に伝えている。
    ◇
 チョ・サンウン 83年、韓国生まれ。明治学院大専任講師。専攻は日本政治思想史。本書は著者初の単行本。


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