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Mr.トルネード-藤田哲也 世界の空を救った男 [著]佐々木健一

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2017年08月06日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■原爆調査から航空機事故防止へ

 旅客機の離着陸は、いつも緊張する。過去に多くの墜落事故が起きたのを知っているからだ。元凶となったのがダウンバーストだ。今では対策が進み、空の旅は格段に安全になった。しかし、かつては名前さえ知られていなかった。
 世界で初めて危険性を警告したのが本書の主人公、藤田哲也だ。その功績で藤田は、アメリカの航空業界で長く英雄として扱われてきた。あのNASAでさえ彼を当てにした。天才と呼ばれることも少なくない。ところが肝心の日本ではどうか。せいぜい竜巻の大きさを示すFスケールの考案者として言及されるくらいだ。どうして、母国でこれほどまでに無名なのか。
 もともと藤田は気象学者ではなかった。機械工学科出身の物理学者で、学閥とは無縁の存在だった。三十代にして独力でアメリカに留学しチャンスをつかんだが、研究を主眼に市民権を獲得。日本国籍を失った。だが、藤田が提唱したダウンバーストは当初、アメリカで全面的に否定される。地球規模で考えられていた気象学の主流に対し、危険を顧みず仮説を検証したとき、その幅はわずか三百メートルだった。これでは気象というより爆発だ。
 なぜ、藤田は前代未聞の現象に目を向けることができたのか。24歳のとき藤田は、長崎に投下された原爆調査に赴く。その後、広島の調査にも参加。爆心直下で生じる爆風と衝撃波の痕跡から局所的で猛烈な下降気流、ダウンバーストを着想した。つまり、日本に投下された原爆への藤田独自の調査と研究が、それを投下したアメリカの気象学に革命を引き起こし、多くの飛行機事故を未然に防ぎ、数知れぬ命を救ったことになる。むろん、私たちもその恩恵を受けている。
 忘れられた藤田像に迫るために著者が費やした取材旅行は、日米両国をまたいで延べ三万キロに及ぶ。晩年は日本への帰還を望んでいたという。その名は復権のときを待っている。
    ◇
 ささき・けんいち 77年生まれ。テレビディレクターで作家。『辞書になった男』で日本エッセイスト・クラブ賞。



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