書評・最新書評

戸籍と無戸籍―「日本人」の輪郭 [著]遠藤正敬

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2017年08月13日

[ジャンル]社会

表紙画像

■籍に捉われず生きられる社会を

 「無戸籍」とは、著者によれば4通りに分類できるそうだ。記載されるべき戸籍に記載されていない、もともと戸籍がない、戸籍から抹消された、記載されていた戸籍が消失した……。この中で一般的なのは親が出生届をださなかったケースという。しかし徴兵拒否のために戸籍を抹消した者や、かつての植民地の人びとの戸籍の扱い、戦時残留者の日本人としての戸籍を求める動きなど、無戸籍者には歴史そのものが内在している。
 本書は、日本社会の戸籍についての歴史、無戸籍と無国籍の違いなどを丹念に追いながら、戸籍は私たちにとって何を意味するのだろうか、と問うていく。序章、終章を含めて全12章で具体的な論述を試みる。歴史的、社会的な視点が幅広いのが特徴である。
 たとえば第八章では、無戸籍者の戸籍をつくる方法を論じながら、「『日本人の資格』とは」との分析を試みる。1945年の敗戦を機に、大日本帝国の臣民とされた人びとのうち、朝鮮人、台湾人は改めて外国人登録の適用を受けなければならなくなる。52年のサンフランシスコ平和条約発効までの彼らの不安定な地位、その後の手続きなどを検証すると、戸籍問題はつまりは国家や国際社会の思惑が幾重にもからんでいることがわかってくる。
 無戸籍の者が戸籍をつくるには「就籍」(家庭裁判所の審判を得て戸籍を創設すること)が必要だが、中国人として育てられた残留孤児のケースでも、日本国籍喪失を理由に就籍はかなり面倒だという。本書が明かしているのだが、戸籍に「棄児」として記録されるケースの残酷さを含め、個人の存在は国家エゴにふり回されるといっていい。
 著者は戸籍がなくても生きていけないかと問い、住民の地位と権利を保障するのが「当然」で、「籍」に捉(とら)われない生き方のできる社会をと結論づける。戸籍から解放される社会が世界の潮流なのかもしれない。
    ◇
 えんどう・まさたか 72年生まれ。早稲田大学台湾研究所非常勤次席研究員。『戸籍と国籍の近現代史』など。

関連記事

ページトップへ戻る