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「維新革命」への道―「文明」を求めた十九世紀日本 [著]苅部直

[評者]齋藤純一(早大教授)

[掲載]2017年08月13日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■商業の自由の擁護が原動力に

 明治維新をもって日本の近代がはじまる。本書はこの「断絶」のイメージを払拭(ふっしょく)する。
 本書によれば、維新には「社会と思想の構造変化」の前史があった。この「長い革命」があったからこそ、文明開化がさしたる抵抗もなく受容され、体制の変革は、治者の交代にとどまらず身分制秩序の解体にまで突き進んだ。
 停滞する閉じた社会という通念とは異なり、徳川時代の後期には、経済が発展し、学問や文化も洗練され、その裾野を広げていった。そうした動きは当時も世が「開(あ)ける」という言葉で表現された。
 思想家たちは、この動きをどうとらえ、それにどう応じたのか。本書はとくに、儒学の反商業主義に抗して、自由な商業活動が容認ないし肯定されていくラインに光を当てる。
 自身が商人(番頭)でもあった山片蟠桃は商業活動を規制するのは良策ではないとし、海保青陵は、武士も一面では「商賈(しょうこ)」(商売人)であることに変わりなく、自由な売買こそが豊かな社会をもたらすと論じた。そして、「もののあはれ」を説いたあの本居宣長も、商業を卑しめ、その縮小を求めるような態度はとらなかった(宣長は伊勢松阪の商家の出であった)。
 廃藩置県を敢行した政治革命は、このように長く続く「社会的革命」の過程によって支えられていた。
 商業の自由を擁護し、市場の自律を容認することは、青陵に見られるように、平等主義的な含意をもつ。市場は、自由な経済活動を促すだけではなく、固定したヒエラルキー(階層秩序)を掘り崩していくからである。
 たとえば、アダム・スミスの場合もそうであるように、自由な経済活動の擁護は、同時により平等な関係への志向をともなっていた。維新革命による身分制の解体が受け入れられた背景に何があったのかを理解するうえで、本書が与える示唆は新鮮である。
    ◇
 かるべ・ただし 65年生まれ。東京大教授。『光の領国 和辻哲郎』『丸山眞男 リベラリストの肖像』など。

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