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ゲームの支配者―ヨハン・クライフ [著]ディートリッヒ・シュルツェ=マルメリンク

[評者]サンキュータツオ(お笑い芸人、日本語学者)

[掲載]2017年08月20日

[ジャンル]人文

表紙画像

■革新戦術の体現者追う「思想書」

 バスケットの話からしよう。世界最高峰のリーグであるアメリカのNBAは現在、高身長の選手がゴール下でダンクを決める時代から、低身長の選手がコートを縦横無尽に動き回り、3Pシュートを中心に攻撃を組み立てて時間をかけずにシュートを打つという時代になった。今年、チームを優勝に導いたステフィン・カリーはコート中央のハーフラインからでもやすやすと3Pシュートをしずめ、そこを警戒するとゴール下に切り込み、2人がかりで抑えようとすれば変幻自在のパスで相手を翻弄(ほんろう)する。
 そしてカリーのチームはほぼ全員が、おなじような精度でプレーすることができ、試合中は常に動き回ってボールが目まぐるしく展開する。守備も常にカットを狙い、ボールを奪うと素早い速攻で得点を重ねる。ここに、ポジションという概念はほぼ崩壊し、身長の高低はもはやあまり関係がなくなった。
 ボールは人よりも早く動く。人はボールの予言する場所まで動くだけ。この現代バスケットを目の当たりにしたとき、私はバルセロナのサッカーを思い出す。試合の7割近い時間ボールを保持し、激しいポジションチェンジ、というよりは全員がポジションを兼務できるようなハイブリッドな選手たちで、ボールを動かし常に相手の隙をつく。選手たちが自分で考え、ときには楽しそうにさえ見えるサッカー。バルセロナにこのスタイルを持ち込んだ人こそ、「トータルフットボール」の最初の体現者であるクライフであった。
 サッカーの世界では60年代からオランダでプレーし、監督としても秀でたクライフは、もはやひとつの「思想」のレベルにまで到達した人物だ。クライフの思想は、バスケットにまで及びはじめたと私は解釈している。
 昨年他界したクライフの、自伝でも伝記でもない「足跡」を綿密に追った本書を、どうか思想書として読んでもらいたい。
    ◇
 Dietrich Schulze−Marmeling 56年生まれ。ドイツ在住の作家。サッカー史に関する著作が多い。

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