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フォマルハウトの三つの燭台〈倭篇〉 [著]神林長平

[評者]末國善己(文芸評論家)

[掲載]2017年08月20日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■奇妙な事件の先に哲学的な問い

 神林長平は、SF的な想像力を使い、“私(人間)とは何か”“リアルとは何か”を問い続けてきた。人工知能(AI)が将棋、囲碁のプロに勝利するほど人間の思考を再現し、仮想現実(VR)の技術が日常に入り込み、現実と虚構の境界を曖昧(あいまい)にしている今、ようやく時代が神林の問題提起に追いついたといえる。
 それだけに、家電にAIが搭載され、VRで裁判員裁判を行う遠くない未来を舞台に、科学技術の発達が人間の価値観と社会制度をどのように変えるのかに迫った本書の意義は大きい。
 物語は、三つの燭台(しょくだい)に火を灯(とも)すと世界が終わると伝えられる「フォマルハウトの三つの燭台」の周囲で起こる奇妙な事件に、本好きの中年ニートの太田林林蔵(おおたばやしりんぞう)が挑むことで進んでいく。
 作中の事件は、トースターに積まれたAIが自殺した、自分の意識をロボットにコピーして社会に出した後に殺したと主張する男など、不可解なものばかり。
 やがて事件には、謎めいた燭台が関係していることが判明。さらに燭台の眷属(けんぞく)として角の生えた兎(うさぎ)が登場し、事件を引っかき回し混乱に拍車をかけていく。これに燭台がどのように世界を終わらせるのかの興味も加わるので、着地点がまったく見えないスリリングな展開に圧倒されるはずだ。
 どこかユーモラスな事件ばかりが描かれるが、謎が解かれると浮かび上がる真実はシリアスだ。事件の先にあるのは、人間の脳とAIがリンクされるようになった時、人間とAIの思考は峻別(しゅんべつ)できるのか、あるいは人間の意識が機械に移植できるようになれば、何が自分と機械を分けるのか、肉体が消滅した後も自分と同じ思考を続ける機械が存在するなら生と死の差はどこにあるのかなどの哲学的な問い掛けなのである。
 本書のビジョンは現実になりつつあるので、読者は技術の恩寵(おんちょう)がもたらす天国でもあり地獄でもある未来と、どう向き合うべきかを考えることになるだろう。
    ◇
 かんばやし・ちょうへい 53年生まれ。95年『言壺』で日本SF大賞。『敵は海賊』『絞首台の黙示録』など。

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