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文明に抗した弥生の人びと [著]寺前直人

[評者]宮田珠己(エッセイスト)

[掲載]2017年08月20日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■富がもたらす負の面見抜いた

 弥生時代というと、どんなイメージだろうか。
 縄文の次。大陸から渡来した人々が高度な文明を持ち込み、日本列島に稲作が広まった。土偶や火焔(かえん)型土器がすたれ、銅鐸(どうたく)などの金属器が登場した。
 以上が、私の持つ弥生時代に関する知識のほぼすべてである。
 けれど同時に、実際はそんな単純な話ではなかっただろうことは想像もつく。だいいち日本列島全体が一様な社会だったはずがないし(たとえば北海道には弥生時代はない)、いつの時代であれ世の中一筋縄ではいかないのだから、当時もいろいろあったろう。
 本書は、明治期に弥生式土器が発見されてから、研究者たちが弥生時代をどうとらえてきたか、まずその変遷を追い、西から来た文明が縄文社会を先進的に塗り替えていく一面でしか語られていないことに異議を唱える。
「わあい、大陸から便利なものがきた。いいね、採用!」
って、弥生人もそんなバカじゃない。
 稲作の普及にともなって、人を殺すための道具や、ムラを守る施設が増えるが、近畿地方などではそれと並行して、縄文後期に東北地方から伝わった土偶や石棒を介した儀礼を通じ人間関係を緩和していた形跡があるそうだ。過剰な富がもたらす負の面を見抜いていたのである。
 儀礼だけではない。弥生中期に鉄や青銅が伝わったときは、武器にすれば殺傷能力が高く権威の象徴にもなるそれらを、あえて実用的でない形へと変容させ、武器としてはダサい石器を使い続けたりした。
 そして極めつきが銅鐸だ。あの不必要にデカい「鈴」。なぜわざわざあんなものを大量に作ったのか、本書はその成り立ちを丁寧に分析し、弥生人の知恵に迫っていく。
 出土品にある小さな痕跡から当時の人々の心の中まで読み解く手腕は、考古学の底力をみるようだ。
    ◇
 てらまえ・なおと 73年生まれ。駒沢大学准教授。単著『武器と弥生社会』、共著『Jr.日本の歴史1 国のなりたち』。

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