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戦争がつくった現代の食卓―軍と加工食品の知られざる関係 [著]アナスタシア・マークス・デ・サルセド

[評者]山室恭子(東工大教授)

[掲載]2017年08月27日

[ジャンル]経済

表紙画像

■その食パンはパンじゃない!?

 スーパーで買い物中、携帯にメールが届いた。
 「私、ミリーさん。今、あなたの後ろ30メートルのところにいるの」
 何のいたずらだろう。無視して食パンをカゴに放り込む。また着信音が鳴る。
 「私、ミリーさん。アメリカ生まれなの。今、あなたの後ろ20メートルよ。
 ご存知(ぞんじ)かしら、その食パンはパンじゃないの。ほんとは半日かかるイースト菌の発酵を50分で打ち切って、かわりにかさ増しと老化防止の酵素をぶち込んで1週間以上保つよう加工した『非老化性パン様食品』ね。2度の世界大戦で効率化を求めて普及したのよ」
 うるさいなあ。お菓子の棚で、また着信音が鳴る。
 「私、ミリーさん。ご存知かしら、アメリカ陸軍では第2次大戦で前線への輸送コストを減らすため、ポテトや卵やチーズを片っ端から乾燥させて実験したの。チーズパウダーをまぶしたスナック菓子は、そのときの開発の余禄なのよ。
 あ〜でも気温50℃のバグダッドでも溶けないチョコレートの開発はまだなの、くやしいわ」
 へえ、そうなんだ。そうそう、夜食用にレトルトカレーを補充しとこう。
 「私、ミリーさん。もち、ミリタリーの略称よ。
 レトルトパウチって、すごい発明よね。プラスチックを包装材に。陸軍20年の苦心の賜物(たまもの)よ。でも、フタル酸エステルが食品に溶け出して人体に悪さするって研究もあるわ。頑健な兵士ではない、赤ちゃんなんかは避けたほうがいいかも」
 じゃ、やめとこ。あ、サラダも買わなくちゃ。
 「私、ミリーさん。今、あなたの後ろ5メートル。生鮮青果の保存は最難題、エチレン除去装置を輸送コンテナに設置するの」
 がんばってね。
 「私、ミリーさん。もうあなたの胃の中よ。自分は何を食べてるのか、正体を見きわめたければ、この本、読むといいわ」
 今日もどこかで着信音が鳴る。
    ◇
 Anastacia Marx de Salcedo フードライター。公衆衛生のコンサルタントも。米ボストン在住。

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