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飯場へ―暮らしと仕事を記録する [著]渡辺拓也

[評者]佐伯一麦 (作家)

[掲載]2017年08月27日

[ジャンル]社会

表紙画像

■体験ルポと考察の“私民族誌”

 本書を手にして、ラチェットレンチ、水準器、安全帯、ヘルメット、ユンボ、ワイヤカッター、コンクリートブレーカー……などが描かれた賑(にぎ)やかな表紙にまず引き込まれた。評者は、作家専業になる前に電気工として建設現場に立っていたので、懐かしいモノたちと再会した気分となったからである。さらに、飯場の間取りなどのスケッチや写真、手書きのメモもふんだんに挿入された手作り感のある本の体裁も愉(たの)しい。
 社会学を専攻する大阪の大学院生だった著者は、フィールドワークとして実際に飯場に住み込み、建設労働に従事した。飯場とは、一般的には建設労働者のための作業員寮をイメージするだろうが、実際には、労働力調達手段の一つとして「寄せ場」を持つ、労務手配・労務供給の仕組みだと著者はとらえる。「寄せ場」は、慣習的に早朝の路上求人が行われている場所のことで、本書の舞台である大阪の釜ケ崎や東京の山谷、横浜の寿町などが知られる。
 著者は、2003年から04年まで、寄せ場を求人手段とする建設会社の飯場に断続的に入寮して合計99日間働いたほか、11年には求人広告を積極的に活用している建設会社で34日働き、そのほかに、1日ごとに就労する〈現金〉でも飯場の労働者と一緒に働いた。そうした体験と、それを元手にした考察が多彩な角度から綴(つづ)られている本書は、気づきに満ちた労作である。
 巻末の索引(これが充実していて、建設用語事典としても使えそうだ)を入れて、500ページを超すボリュームがあるが、初めての飯場体験をネガティブな感情や反感を買うかもしれないような表現もそのままに書き込んでいったという、冒頭に置かれた「飯場日記」の本音満載の記述に興味の弾みが付いて、一気に読める。
 例えば、最初に与えられた仕事は、建造中の一軒家の庭に散らかっているブルーシートを集めてホースで洗うというもの。この「手元」と呼ばれる補助労働は、決して楽ではなく、また「誰にでもできる」と軽視されているからこそ、どれぐらいきれいにしたらよいのかといった説明も受けず、逆に飯場労働者が心理的負担を背負わされていることに著者は気づかされる。
 後半の社会学的な考察も、こうした実際の作業経験が挟まれているので具体的であり、便宜的な「勤勉」さが、「怠け」と地続きであるなど、日本の労働現場全般にも通じる微妙なニュアンスの説得力につながっている。自分の経験を丸ごと表現した“私エスノグラフィー”の試みが、「私」たちそれぞれが、様々な関係の総和であることを身をもって解き明かしている。
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 わたなべ・たくや 79年生まれ。大阪市立大学大学院都市文化研究センター研究員。専門は労働社会学。共著に『ホームレス・スタディーズ』『釜ケ崎のススメ』。

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