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宿題の絵日記帳 [著]今井信吾

[評者]横尾忠則(美術家)

[掲載]2017年08月27日

[ジャンル]ノンフィクション・評伝

表紙画像

■娘が獲得していく言葉は宝物

 生まれつき耳の障害のある子供の2歳から6歳までの4年間、聾(ろう)話学校で子供と先生が会話をするための補助として、父親が描きつづけた子供の生活絵日記が本書。
 主人公は麗(うらら)ちゃん。その父親は画家。いくら本職だといっても4年間、毎日ですよ、絵と文を書き続けるエネルギーはその背後によほどの何かがなきゃできるものではない。その〈何か〉とは、娘の不自由な耳を家族がひとかたまりになって、子供の言葉と発声を獲得していくまでの戦いに似た日々を指す。
 著者である父親はボールペンの「安直な走り描き」「マンガチック」とおっしゃるが、何もここで芸術を創造することはない。子供に対する率直で素直な愛情があれば、それ以外のものは必要がない。
 そんな父の絵日記帳を腕に抱きかかえながら麗ちゃんは毎日聾話学校に通った。絵日記につけられた文章は父の書いたものであるが、この文は麗ちゃんを含めた家族全員の想(おも)いと行動が、複数の人称を交差させながら耳に心地よい音楽を聴いているような感動を呼び起こしてくれる。
 麗ちゃんの父の絵が示すように、どんどん耳の障害を克服しながら成長していくそんな娘の様子を父は「麗が獲得する言葉のひとつ、ひとつは、我家(わがや)の宝物」と言う。彼女は三つ違いの香月お姉ちゃんとの信頼関係は固く、読むものに不思議な安心感を与える。お父さんっ子の麗ちゃんは父の血を引いて現在は画家として活躍している。
 この絵日記帳は30年前のもので、長い間、今井家に眠り続けていたものだ。そんな30年前の麗ちゃんの成長と一家の歴史物語を、われわれは、まるで今日のできごととして眺める。彼女の言葉ひとつひとつに言霊が宿っており、そのユーモア・センスによって、家族ぐるみで落ち込まなかったのも、麗ちゃんの「笑える」言葉があったからだと父親の著者は感慨を抱く。
    ◇
 いまい・しんご 38年生まれ。画家。多摩美術大学名誉教授。娘の麗さんも画家で装画などを手がける。

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