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歌うカタツムリ―進化とらせんの物語 [著]千葉聡

[評者]佐倉統(東京大学大学院情報学環長・科学技術社会論)

[掲載]2017年08月27日

[ジャンル]科学・生物

表紙画像

■科学の渦巻き構造、歴史も思想も

 歌うカタツムリはあまり出てこないが、書名どおりカタツムリについての本。だけどそこには二重の意味が込められている。ひとつは通常連想する生物としてのカタツムリ。もうひとつは、科学の歴史がカタツムリの殻のようならせん状を描いて進んでいくということ。つまり科学思想としてのカタツムリ。
 千葉聡はこの二つを行き来しながら、両者の間に橋を架け、やがてひとつの大きな物語に編み上げていく。
 ダーウィン以来の進化生物学では、適応主義と偶然主義という二つの考えが主流だった。生物は環境に適応するように進化してきたという前者と、歴史的制約や偶然が強く作用してきたとする後者。実証データや理論的進展が両陣営から出されるたびに、流れはあっちにこっちにと傾く。著者はその過程を、単なる往復運動ではなく、進化研究全体の発展という軸を加えて、ひとつの大きならせんとして描ききった。終盤では両者の対立を止揚する、より広い見方が現在の研究成果として提示される。らせんは今も動いている。
 ここまででも十分面白いのだが、千葉はさらに研究の現場感も練り込んだ。進化生物学のらせん的発展の原動力となった、生物カタツムリの研究例。それらの成り立ちと意義が、研究者たちの時には数奇な人生と重ねて、当事者と同じ高さの目線から活写される。
 日本の科学者も大勢登場する。その中には著者自身の研究遍歴も含まれていて、学者ひとりひとりの個人史もまた、カタツムリ的らせん構造をしていることがよくわかる。
 進化生物学の歴史を俯瞰(ふかん)するには最適な本である。その意味で、専門分野外の方にも是非読んでいただきたい。人名や生物種名が頻出するので読みにくいと感じる向きもあるだろうが、科学史のカタツムリ構造を実感できる本は他にない。唯一無二のオリジナリティが、燦然(さんぜん)と輝いている。
    ◇
 ちば・さとし 60年生まれ。東北大学教授(進化生物学・生態学)。『生物多様性と生態学』(共著)など。

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