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ウォークス―歩くことの精神史 [著]レベッカ・ソルニット

[評者]円城塔  (作家)

[掲載]2017年09月03日

[ジャンル]人文

表紙画像

■一歩進めば、わかることがある

 この本を読んでいる間、ふだん乗るバスをやめて徒歩にしてみた。ほんの二十分ほどの道にすぎない。
 歩くことで気分はかわると、なんとなく経験的にしってはいる。こうして書く文章の調子などもかわったりする。
 そこからさらに一歩すすめて、歩くことではじめてわかることがある、とするのが本書の立場だ。
 歩くことはめんどうであり、歩き続けることはむずかしい。
 たとえば現在、徒歩で地球を一周するのは大変そうで、あちこちに人間が勝手につくった国境線が存在する。思い立って歩いていける範囲は限定される。
 ほんの買い物にいくのでさえも、車優先の都市計画では歩行の快適さは二の次であったりする。
 歩行は自由とされていたとしても、現実的な問題として、たとえば女性の一人歩きはいまだに、時間や場所を選ぶべきであるとされ、疑われることが少ない。
 こうして少し考えてみるだけでも、ただ歩く、ということは想像以上にやっかいなのだ。
 世に、歩き続けながら書かれた小説や論考は数多い。本書はそれらの文章について、やはり歩きながら書き続けた論考である。
 歩くことではじめて考えられるものなんてあるのだろうかと疑う人でも、現在の人間はどうも、猿には考えられなかったことも理解できるようであるとは認めるのではないだろうか。
 本書の射程は、猿が木から降(お)りて「歩きはじめた」時点にまで及ぶ。
 人間は木から降り、歩き続けることで、思索を深めてきた。
 著者は、「歩きまわる」ことを「指標生物」のようにつかえるのではないかという。社会の健全さをみるには、「歩きまわっている」人の数をみるとよい。歩くことはさまざまな制限を受けているから。
 歩いてみると、本書から受ける印象はかわるだろうか。わたしはかわった。
    ◇
 Rebecca Solnit 61年生まれ。米国の作家、歴史家。ハリケーン被害を取材した『災害ユートピア』など。

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