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泣き虫弱虫諸葛孔明―第伍部 [著]酒見賢一

[評者]末國善己 (文芸評論家)

[掲載]2017年09月10日

[ジャンル]歴史 文芸

表紙画像

■再挑戦に共感、わくわく物語

 14年にわたって書き継がれた酒見賢一の大作『泣き虫弱虫諸葛孔明(しょかつこうめい)』が、「第伍(ご)部」となる本書をもって完結した。
 タイトル通り、この作品は諸葛孔明を主人公にしている。天才軍師として人気の孔明も、著者の手にかかると、難解な宇宙哲学を語り、いじめた相手には火計(放火)で復讐(ふくしゅう)し、仙人風のコスプレをしているエキセントリックな人物に変わる。
 さらに劉備(りゅうび)はヤクザの親分、関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)は血に飢えた殺戮(さつりく)マシーン、孔明夫人の黄氏(こうし)は醜女(しこめ)の発明家、曹操(そうそう)は戦争マニア、呉の武将は広島弁で話す(これは広島県呉市を舞台にした「仁義なき戦い」のパロディだろう)のだから、爆笑ものである。
 こうした自由奔放な史実の改変は、著者が、謀略も合戦も派手な歴史読物『三国志演義』をベースにしたから生まれたといえる。ただ著者は、史書『三國志』とその注釈書を使って歴史的事実や登場人物の性格を補足しているので、三国志ファンが激怒しそうな人物設定にも説得力がある。何より『三國志』と『三国志演義』を融合して、伝奇小説としても、歴史小説としても楽しめる物語を作った著者の手腕に圧倒されるだろう。
 シリーズは、孔明出廬(しゅつろ)までを描く「第壱(いち)部」、長坂坡(ちょうはんは)の虐殺が凄(すさ)まじい「第弐(に)部」、孔明が赤壁(せきへき)で得意の火計を使う「第参(さん)部」とハイテンションに進んでいたが、孔明の同志が次々と倒れる「第四部」は少ししんみりしていた。劉備の後継者・劉禅(りゅうぜん)を支える孔明が、南征、北伐と忙しく動き回り、クライマックスの五丈原(ごじょうげん)の戦いに至る本書は、再び熱量が高くなっている。
 何度も孔明に敗れた南蛮王の孟獲(もうかく)は、虎、豹(ひょう)、毒蛇などを操る木鹿王(ぼくろくおう)に援軍を頼む。木鹿王の猛獣軍に、孔明が黄氏の開発した異形のロボット兵器をぶつけるところは「怪獣大戦争」の趣がある。そして孟獲を服従させた孔明は、ついに魏(ぎ)を攻めるが、その前には孔明が認める軍師・司馬懿(しばい)が立ちはだかる。
 『三国志演義』は、説話や講談が原型とされる。この伝統を受け継ぐ著者は、講釈師のように融通無碍(ゆうずうむげ)に物語を語っている。その中には、なぜ兵士は憎くない敵を殺せるのかという思索があったり、孟獲を殺さず心酔させた孔明の戦略が、異文化への寛容性をなくしている現代への批判に思えたりと、文明論や社会批評もあり、それが物語を奥深くしているのも間違いない。
 負けても家臣が従った劉備のような魅力がない孔明は、病と重圧に耐え、負けても次があると言い続け求心力を維持する。その意味で本書の孔明は、失敗すると再挑戦が難しい時代を生きる読者が共感できるヒーローになっているのである。
    ◇
 さけみ・けんいち 63年生まれ。作家。89年『後宮小説』で日本ファンタジーノベル大賞を受けデビュー。00年『周公旦』で新田次郎文学賞。『泣き虫弱虫諸葛孔明』は全5巻。1〜4巻は文春文庫。

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