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R帝国 [著]中村文則

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2017年09月17日

[ジャンル]文芸

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■現実と不気味につながる暗黒郷

 暗黒の未来を描き出すディストピア小説には、時代を映す鏡のような意味がある。著者はあとがきで「今僕達が住むこの世界」と小説世界との因果関係に触れている。現実との不気味なつながりがじわりとしみてくる力作ゆえに、不幸な同時代の産物と言えるだろう。
 物語の舞台は、絶対権力の「党」に支配された島国・R帝国。国民の圧倒的な支持のもとに他国との戦争を繰り返す。党の施策に疑問や反感を持つ国民がいれば、巧妙な情報操作で国民の多数から排除されるように誘導する。ディストピアの典型といえる全体主義的な管理社会。本書では近未来のSF的要素をリアルに描くことより、この暗黒体制に積極的に付き従う国民の内面を掘り下げる描写に力を注いだ。
 党の中枢の一人、加賀が国民の精神性を分析した場面が何度も出てくる。その中のセリフで「人々が欲しいのは、真実ではなく半径5メートルの幸福なのだ」。戦争は悪い奴(やつ)らを倒すためと信じたい国民にとって、他国の富を強奪するという真実の目的は知りたくもない。党の熱烈なシンパは「事実? そんなものに何の意味がある?」と豪語する。移民を敵視し、ヘイトスピーチで憎悪を育てさせるのも加賀らの支配術だ。
 R帝国の欺瞞(ぎまん)に気づいた2組の男女の正義感に寄り添いたいが、不都合な真実から目、耳をふさぎながら、小さな良心を満足させる人々の内面がリアルに思え、自分に侵食してくるのを止められない。小説と現実の距離は思ったより近い、というのが実感だ。
 近年、日本人作家によるディストピア小説が次々と発表されている。科学技術で制御できなかった原発事故の危機、国民生活を圧迫する危険性をはらんだ様々な法律が成立したことへの不安……時代状況に触発された文学者の試みが続く中で、本書からも著者の深刻な問題意識と将来が見通せない焦燥感が垣間見える。
    ◇
 なかむら・ふみのり 77年生まれ。『土の中の子供』で芥川賞。『掏摸 スリ』で大江健三郎賞。米の文学賞も受賞。

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