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影裏 [著]沼田真佑

[評者]円城塔  (作家)

[掲載]2017年09月17日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■たくらみつつ、すべて語らない

 たくらみがある。
 岩手県の美しい自然を瑞々(みずみず)しく描いた小説だという人があり、震災を描いた小説であるという人があり、マイノリティを描いた小説だという人がある。
 話はこれからなのではないかという人がいる一方で、まとまりすぎであるという人もいる。
 自然な文章と見る人もいれば、作為が目立つという人もある。
 一つの意味を確実に伝達するのがよい文章だと考える人には、こうした状況自体が不思議に思えるのではないか。
 しかし本作は小説であって法律や報道用の文章ではない。嘘(うそ)をつくのも隠しごとをするのも自由である。さまざまな角度から読まれることを前提としてその先から書き出されている。
 だからたとえば、主人公の性別が、初読時の印象とは逆だったらと仮定して筋道を探していくことだって可能だ。小説として、そうした読み方にも耐える強度を備えている。
 本作は、意地の悪い語り手がなにかを隠している小説ではない。なにかを隠しているのかいないのか、どちらなのかを問い詰められること自体を拒否する種類の小説である。
 人は秘密をしりたがる。詮索(せんさく)や噂(うわさ)話が好きで、相手が小説ともなれば、赤裸々に語りはじめるものだと期待する。小説の紙面が鏡であったなら、そこには興味をむき出しにしてのぞきこむ顔が映るはずである。
 でも嫌なのだ。
 嫌なのだ、というのは、嫌なのだとわざわざ言わなければいけないということさえも嫌なのだ。語りたくないことは語りたくない。
 小説自身にもプライバシーを守る権利がある。
 というのは無論、わたしは本作をこのように読んだという話にすぎない。
 人間と対面し続けても、相手の全てをしることは決してできない。その断絶に気づいたときに生まれるめまいを、本作を読んだときにも強く感じた。
    ◇
 ぬまた・しんすけ 78年生まれ。盛岡市在住。文学界新人賞を受け、デビュー作となった本作で芥川賞。

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