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古都の占領―生活史からみる京都 1945−1952 [著]西川祐子

[評者]原武史(放送大学教授・政治思想史)

[掲載]2017年09月24日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■時には「おしゃべり」風文体で

 もう15年も前のことになる。占領期の皇居前広場について調べたことがあった。そのとき初めて、米軍をはじめとする連合国軍が、戦前に天皇制の儀礼空間として使われたこの広場をほぼ毎月のように利用し、大掛かりなパレードをしていたことを知った。1945年で戦争が終わり、陸海軍が解体されたのではなく、敗戦後直ちにもう一つの軍隊が進駐し、その存在を日常的に誇示していたのだ。自分がいかに占領期を知らないかを思い知らされた。
 東京ですらこのありさまだから、同様に連合国軍が進駐した占領期の地方については、皆目見当がつかない。本書は37年に生まれ、京都で育った女性史家が、自らの体験を踏まえ、関係者に取材し、連合国軍総司令部(GHQ)や京都府の行政文書、非公開の個人の日記などを渉猟しつつ、占領期の京都につき描き出した一冊である。
 連合国軍による京都の占領は45年9月25日から始まった。進駐したのは米軍第6軍で、そのあと東京に総司令部を置く第8軍の管轄に入った。それとともに占領の性格も軍事的なものから非軍事的なものへと変化してゆくが、著者が注目するのは京都を南北に貫くメインストリート、烏丸通(からすまどおり)である。ここでは連合国軍が主要建物を接収して司令部などの施設を配置した。東京で皇居前広場が連合国軍のパレードに使われたのとは対照的に、京都御苑はそうした空間としては用いられず、パレードも烏丸通で行われた。
 著者は、どの施設や住宅が接収されたかを示すために地図を作製している。これを見ると、烏丸通よりも東側に圧倒的に多いことがわかる。連合国軍は、京都の東側に配備されたのだ。一口に京都と言っても、その東側と西側では、占領期の記憶が大きく違うのである。
 こうしたアカデミックな記述がある一方で、著者は時に文体を変え、自らの思い出を「おしゃべり」風に語る。東大の影響が強い東京の学者が読むと、それは冗長な記述のように見えるかもしれない。しかし私には、こうしたスタイルこそが京都の学風であり、著者自身もその文化に浸っていることを示しているように思われた。
 最近は『京都ぎらい』や『応仁の乱』など、京都を対象とする本がよく売れている。いずれも、これまでの東京中心の見方からはよくわからなかった歴史の暗部や盲点に光を当てたことが、読者に受けたのではないか。本書もまた、これまでの歴史学の偏りを明らかにする占領期研究の記念碑的著作となるに違いない。同様の研究が、占領期の他の地方についても進むことを期待したい。
    ◇
 にしかわ・ゆうこ 37年生まれ。日本とフランスの近・現代文学研究、女性史、ジェンダー論専攻。帝塚山学院大、京都文教大などで教員も。『森の家の巫女 高群逸枝』『私語り 樋口一葉』など。

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