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ホワイトラビット/AX [著]伊坂幸太郎

[評者]市田隆(本社編集委員)

[掲載]2017年09月24日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■また会いたくなる殺し屋たち

 犯罪者を主人公にした著者のエンタメ小説には、繰り返し読ませる魅力がある。ストーリーの面白さだけでなく、個性豊かな殺し屋や泥棒にもう一度会いたくなってしまうのだ。社会的に悪者ではあるのだが、巨大な悪と対決するヒーローを演じることがあるし、人間の弱さをさらけ出すこともある。著者が造り出した犯罪者たちの実相は複雑で簡単につかめない。ゆえに興味が尽きない。
 『ホワイトラビット』は、仙台駅近くの釣り堀にいることが多い泥棒で、伊坂作品ではおなじみの「黒澤」が登場する長編。仙台市の住宅街で発生した人質立てこもり事件に、依頼された空き巣の仕事中だった黒澤が巻き込まれてしまう。警察と犯人の駆け引き、窮地に追い込まれても機転がきく黒澤の策略、二転三転する物語から目が離せなくなる。黒澤だけでなく、犯人、捜査員、人質家族とそれぞれの人物像が立ち上がってくる様を読んでいると、登場人物をストーリーに供するコマだけにしない著者の愛情が伝わってくる。端役まで人柄を実感させる技があり、それが小説に深みを与えている。
 『AX』は、『グラスホッパー』『マリアビートル』と人気が高い殺し屋シリーズの最新作。会社員ながら裏仕事では凄(すご)腕の殺し屋「兜(かぶと)」を主人公とした短編連作だ。前2作は殺し屋同士の戦いを中心とした疾風怒濤(しっぷうどとう)の物語だったが、本作は、妻のご機嫌うかがいに汲々(きゅうきゅう)とする恐妻家の兜と妻子の日常生活を描いた家庭小説のよう。だが、裏仕事から足抜けしたい兜をめぐり緊張感あふれる展開になる。静から動へ、そして余韻を残す手際は見事だ。
 過去作では、ドストエフスキーの『罪と罰』の文庫本だけ読みふける殺し屋、愛する『機関車トーマス』のうんちくを語り続ける殺し屋など、彼らをもっと知りたくて読み返した登場人物が多かった。二つの最新作の人々もそこに加わりそうな予感がある。
    ◇
 いさか・こうたろう 71年生まれ。作家。08年『ゴールデンスランバー』で山本周五郎賞。『重力ピエロ』など。

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