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ナチスの「手口」と緊急事態条項 [著]長谷部恭男・石田勇治

[評者]齋藤純一(早大教授)

[掲載]2017年10月01日

[ジャンル]歴史

表紙画像

■為政者の濫用、いかに危険か

 衆議院が解散され、22日には投票が行われる。自民党はかねてより「緊急事態条項」を憲法に設けようとしてきた(2012年発表「自民党憲法改正草案」)。総選挙では表立った争点とはならないとしても、緊急事態条項の新設は「9条加憲」とともに、自民党などの改憲アジェンダの柱になっていくはずである。
 このところの北朝鮮の行動は、「草案」が緊急事態に「大規模な自然災害」だけではなく「外国からの武力攻撃」も含めていることに現実味をもたせはじめている。国民の権利を大幅に制約する権力を政府に与える憲法条項がいかに危険か。それを理解するうえで、本書は優れた導きとなる。
 本書は、麻生副総理の発言、「ナチスの手口を学んだらどうかね」を逆手にとり、その「手口」から国家緊急権の危険性を鮮明に浮かび上がらせる。
 本書によれば、ナチスが合法的な過程を辿(たど)り、民意の支持を得て政権に就いたという歴史理解は、ナチスのプロパガンダを引きずったかなり粗雑なものである。それは、ナチスが国家テロを用いて自由な言論を封殺したという事実を覆い隠してしまう。ワイマール憲法の「大統領緊急措置権」は、「国家の安全」という口実のもとに基本的な自由を市民から奪い、憲法をも凌(しの)ぐ全権をヒトラーが掌握する際の手段となった。
 憲法にいったん国家緊急権が設けられたら、為政者はそれを濫用(らんよう)する誘惑に必ず駆られる。この教訓に学べば、緊急事態条項は本当に日本の憲法にとって不可欠なのか、かりに必要だとして、その濫用をいかに制御するかが問われなくてはならない。そして、本書はこの問いに明確に答える。
 付言すれば、緊急事態条項は、人的・物的動員を容易にする新たな有事法制の根拠として用いられる恐れもある。集団的自衛権は、米軍の後方支援を日本に課しており、この条項は日米同盟における従属的役割をさらに強めるだろう。
     ◇
 はせべ・やすお 早稲田大教授。『憲法とは何か』▽いしだ・ゆうじ 東京大教授。『ヒトラーとナチ・ドイツ』

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