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かくて行動経済学は生まれり [著]マイケル・ルイス

[評者]加藤出 (東短リサーチチーフエコノミスト)

[掲載]2017年10月01日

[ジャンル]経済

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■判断は歪む、証明した心理学者

 マイケル・ルイスの大ヒット作『マネー・ボール』は低予算の米大リーグ球団が統計分析を導入して割安な優良選手を集め大躍進した実話を描いた作品だった。
 野球選手の市場が専門家の歪(ゆが)んだ判断によって非効率になっていることを露(あら)わにした同書を行動経済学者のリチャード・セイラーらは高く評価した。その一方で、この学問の基礎となったダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーの共同研究をルイスは知らないようだと指摘した。
 これがルイスがイスラエルの2人の天才心理学者に着目する契機となった。彼らは何十年も前から、人間の判断は専門家であっても多々歪むことを証明してきた。例えばカーネマンは1950年代前半にイスラエル軍で人材の配置を決める面接官の判断に歪みがあると気がつき、性格テストを導入して改善に成功した(同軍と同じ過ちを今の日本企業が採用面接時に犯している恐れはかなりある)。
 合理的な人間像を前提としてきた経済学に彼らは衝撃を与えた。カーネマンは心理学者でありながらノーベル経済学賞を受賞する(トヴェルスキーが存命なら共同受賞だっただろう)。
 とはいえ、2人は当初は既成の権威に対する反逆者であり、異端視された。それにめげず、「わたしたちは頭脳を共有していた」と語るほど彼らは濃密な共同研究を続ける。だが、その後2人の関係に予想外の別離が訪れた。「心理学におけるレノンとマッカートニー」(英ガーディアン紙)との表現は言い得ている。
 『マネー・ボール[完全版]』文庫版の解説で丸谷才一氏は、人はとかく「その分野その領域の、約束事や先例や旧套(きゅうとう)、因習や官僚主義から脱するのがむづかしい」が、「ものの考へ方を改めれば」「別の天地が開け、新しい勝者となる可能性が生じる」と述べている。本書は同書の延長線上にあるだけに、日本の若い世代に是非手にとってもらいたい一冊といえる。
    ◇
 Michael Lewis 60年米国生まれ。ノンフィクション作家。『ライアーズ・ポーカー』『マネー・ボール』ほか。

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