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『写真週報』とその時代(上・下) [編著]玉井清

[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)

[掲載]2017年10月08日

[ジャンル]歴史 政治

表紙画像

■国のプロパガンダ多角的に分析

 平時と戦時、その違いは何か。価値観、倫理観の逆転現象である。友好が憎悪に変わることであり、そのようなシステムを戦時指導者がつくりあげることである。その手法のひとつが、国民に向けての、写真を用いたプロパガンダだ。
 内閣情報部(のちの情報局)が1938(昭和13)年2月に創刊した『写真週報』がそれである。日中戦争開始半年後から太平洋戦争末期の45年7月まで刊行された。民間では予算不足や検閲などで発行が困難なとき、名の知られた写真家や作家らを使い、発行を続けた。まさに〈国による戦時の啓蒙(けいもう)誌〉なのである。
 中堅、若手の研究者7人は、この雑誌を多角的に分析している。平時がいかに崩れ、戦時社会に進んだかを読みといていく。奇妙な言い方になるが、本書で戦時の一定の範囲のことはわかる。模範的臣民を目ざし、体力向上に努め、結婚して多くの子どもをつくり、勤労にいそしみ、国の発表はすべて信じ、爆弾が落ちても逃げずに消火に努め、自分たちは大東亜の盟主だと自負する。米英の指導者は国民を欺き、自らは戦場に立つことのない卑怯者(ひきょうもの)であり、彼らに率いられた国民や兵士は不幸な存在だと蔑視する。「皇国二千六百年」の日本は、戦争に負けるわけはなく、苦境に陥っても新型兵器を開発する。いざとなれば国民はみずからの身を爆弾と変え、特攻作戦に従う。このようなことが写真を用い、それを補完する文章で説かれ続けるのだ。
 研究者たちの問題意識は、この雑誌を「編集も国民の目線に近づけようとしていた」と見て、戦時の国民の姿を探ることにもある。南方地域での宣撫(せんぶ)、ナチス・ドイツへの徹底した傾斜ぶりなどが紹介され、確かに国民の目線の表層部分は窺(うかが)える。
 本書は思想的紋切り型の表現がない分、読みやすく理解もしやすい。戦時下の国民心理の重層性は行間から読みとるべきだろう。
    ◇
 たまい・きよし 59年生まれ。慶応大教授(近代日本政治史)。著書に『第一回普選と選挙ポスター』など。

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