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彼の娘 [著]飴屋法水/ほしのこ [著]山下澄人

[評者]椹木野衣 (美術評論家)

[掲載]2017年10月15日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■本来は誰のものでもない「命」

 作家の山下と演出家の飴屋は、これまで舞台を共にしてきた。しかも2冊の小説は同日に刊行された。だからだろうか、二つでひとつの物語のように読める。「お父さんは」「そんなに長く生きられないと思う」(『ほしのこ』)、「お父さんはね、そろそろ死んでしまう」(『彼の娘』)とか。「お前はこの星のものじゃない」(『ほしのこ』)、「くんちゃんはね、お父さんの子供だけど、お父さんの子供じゃないんだよ」(『彼の娘』)とか。はたして偶然だろうか。
 二つの小説には、実在するひとりの少女が関わっている。『彼の娘』は、その少女と父親(飴屋)との生き物の命をめぐる対話からなっている。だが、決して「私の娘」とは呼ばれない。そのかわり、人もひとつの命である限り、すべて等しい価値しか持たず、ゆえに本来、誰のものでもないことが、繰り返し語られる。
 ならば「彼の娘」が、いつの間にか『ほしのこ』に登場する少女たちになっても不思議はない。「わたし」は、突然いなくなった父と入れ替わるように姿を現した、ルルと呼ばれる少女と暮らしている。あるとき、「わたし」は山に落ちた飛行機乗りのからだのなかにいるのに気づく。うまく動けず、大怪我(けが)をしているけれども、なんとか生き残る。その様子に、今年で三十三回忌を迎えた1985年の日航機御巣鷹の尾根墜落事故を想(おも)った。
 数年前「彼の娘」は、この事故に触発されたある芝居に出演した。演出したのは飴屋だ。彼は娘に、死んでいった子供たちでもあり、生き残った少女たちでもある役をあてた。山下もまた、かつてテレビの再現ドラマでこの事故の管制官を演じたことがある。
 『ほしのこ』に出てくる、天から落ちてきて、いつか天に帰る「天」という名の少女。それは「彼の娘」であるだけでなく、あの事故で死んだすべての子供たちの「命」の証しかもしれない。
    ◇
 あめや・のりみず 61年生まれ。演出家、美術家▽やました・すみと 66年生まれ。『しんせかい』で芥川賞。

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