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神秘大通り(上・下) [著]ジョン・アーヴィング

[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

[掲載]2017年10月22日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■自由になれない、14歳の記憶

 1980年代、アメリカ文学を読むのが、ちょっとオシャレだった時代がある(物語の内容がオシャレだっていうことではないんだけど)。ジョン・アーヴィングは当時の文学界のスーパースターだった。『ガープの世界』『ホテル・ニューハンプシャー』『サイダーハウス・ルール』……。懐かしい書名が次々に思い出される。
 そのアーヴィングが25年の構想を経て発表した久々の新作が『神秘大通り』である。
 主人公はフワン・ディエゴ。アメリカ在住、アイオワの大学で教鞭(きょうべん)もとっていた54歳の作家だが、彼は40年前の記憶から自由になれない。14歳の自分にしょっちゅう戻ってしまう彼は〈自分のふたつの人生を「平行に並べて」繰り返し、たどり直してい〉るのに等しかった。
 かくて二つの物語が同時並行的にスタートするのだが、これがまあ、どちらも波乱万丈なんてものじゃないのだ。
 14歳のフワン・ディエゴは、1歳下の妹ルペとメキシコのオアハカ市に住む「ゴミ捨て場の子ども(ダンプ・キッド)」だった。フワン・ディエゴはトラックに轢(ひ)かれて足に障がいがあり、ルペは喉(のど)の障がいで兄以外には話す言葉が通じない。イエズス会が仕切る孤児院から、彼らはやがて怪しげなサーカス団に身を寄せることになる。
 一方、いささか冴(さ)えない中高年になった54歳のフワン・ディエゴは、ある目的のためフィリピンを目指して旅行中である。そこに現れたセクシーな美人母娘。心臓病を患っており、しかも恋愛経験がほとんどない彼はバイアグラの力を借りてアバンチュールに励むが……。
 長い物語ではあり、途中で飽きるかなとも思ったが、後半に待ち受けている衝撃の展開に目が覚めた! 14歳でこんな悲劇を体験したら、青年期も壮年期も、そりゃあ「余生」になっちゃうかもね。
 ゴミ捨て場から拾い出した焼却寸前の本で、スペイン語どころか英語までマスターしたフワン・ディエゴ。特殊な能力の持ち主で、人の心を読んだり、過去や未来を見たりできるルペ。〈あたしたちが奇跡なの〉とルペはいった。〈兄さんにはべつの未来があるんだから!〉
 黒い肌のマリアとして知られる「グアダルーペの聖母」への信仰を含むメキシコ特有のカトリック事情。「空中歩行芸人」と呼ばれる少女たちにセーフティーネットなしで高さ25メートルでの曲芸をさせるサーカス団。さまざまなモチーフをちりばめながら進む物語は、さながら万華鏡のごとしである。読者をことごとく煙(けむ)に巻き、もしかしたらすべてが妄想?と思わせる結末まで目が離せない。
    ◇
 John Irving 42年生まれ。米国の作家。68年に『熊を放つ』でデビューし、『オウエンのために祈りを』『サーカスの息子』『また会う日まで』など長編を次々発表している。

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