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花びら供養 [著]石牟礼道子

[評者]佐伯一麦 (作家)

[掲載]2017年10月22日

[ジャンル]歴史 社会 ノンフィクション・評伝

表紙画像

■静まった言葉が浮かび上がる美

 水俣病を物語った『苦海浄土』を代表作とする石牟礼文学が、私にとって真に迫って感じ取れるようになったのは、アスベスト禍と東日本大震災に遭ってからのことだった。
 本書の冒頭に置かれたエッセー「花の文(ふみ)を」を、震災後に初出誌で読んだときのことはいまだに忘れない。震災をめぐる文章の数々に、言葉は浮くものだと痛感させられていた日々の中で、坂本きよ子という女性を、存在を知ってから四十余年という歳月をかけて粘り強く鎮魂した文章は、いったん深く沈み込み静まり返った言葉が、桜花の下の浮遊感とともに改めて浮かび上がってきたような美しさを湛(たた)えており、強い肝銘(かんめい)を受けた。
 石牟礼はきよ子本人との面識はなく、書き留められたのは、後に同じく水俣病で亡くなったきよ子の母親が語った言葉。「きよ子は手も足もよじれてきて、手足が縄のようによじれて、わが身を縛っておりました」「私がちょっと留守をしとりましたら、縁側に転げ出て、縁から落ちて、地面に這うとりましたですよ。たまがって駆け寄りましたら、かなわん指で、桜の花びらば拾おうとしよりましたです。曲った指で地面ににじりつけて、肘(ひじ)から血ぃ出して」
 そして、チッソの方々、世間の方々に、文ば書いて下さい、と石牟礼に懇願する。「桜の時期に、花びらば一枚、きよ子のかわりに、拾うてやっては下さいませんでしょうか。花の供養に」と。本書のタイトルの由縁である。
 また、「知らんちゅうことは、罪ぞ」という患者の言葉は、アスベスト禍の現場を巡った折にも、呻(うめ)くように吐かれたものだった。単行本未収録の評論・エッセー集である本書には、「風土の神々」と題された講義も収録されており、これから石牟礼文学に触れようとする者には恰好(かっこう)の導きとなるだろう。桜色の地に田中恭吉の版画を配した装幀(そうてい)が趣を添える。
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 いしむれ・みちこ 27年生まれ。『十六夜橋』『はにかみの国 石牟礼道子全詩集』『石牟礼道子全集』など。

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