書評・最新書評

言葉に命を―ダーリの辞典ができるまで [著]ポルドミンスキイ

[評者]サンキュータツオ(お笑い芸人、日本語学者)

[掲載]2017年10月22日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■大衆にわかる構造で20万語編纂

 「人騒がせな人——正直だが気性が激しく、不正に抗(あらが)う人、不正を擁護する者を不安にする人のことも指す」
 たったひとりで20万語収録、全4巻の『現用大ロシア語詳解辞典』などを著したロシアの辞書編纂(へんさん)者ウラジーミル・ダーリ。彼の辞書にはこのような記述がある。
 1801年に生まれ、およそ半世紀にわたり辞書を編纂し続け晩年に14回校正し世に出した知の巨人。大辞典の編纂は、ドイツではグリム兄弟によるドイツ語辞典、日本でも大槻文彦による大著『言海』、イギリスにはオックスフォード英語辞典が有名だが、ダーリはロシアという広大な大地で実際に農民が生活する場所に赴いては言葉を収集し、20万語という規模の大辞典を19世紀に手掛けた。そしてこのことは、日本語の書物ではなかなか伝えてくれるものがなかったが、今回伝記という形で読むことができることになり、辞書愛好家としては歓喜の出来事である。
 20万語という数は、大槻文彦の『言海』が4万語収録で出版まで16年かかっていることを考えるとあまりに膨大で想像がつかない。少し前の広辞苑とおなじだ。しかも単なるアルファベット順ではなく、言葉を「語群」(語根がおなじグループ)で整理したというのだ。日本語の感覚で言えば、「走る」という語群を作り、その項目に「小走り」「ひた走る」「口走る」など、「こ」「ひ」「く」からはじまる語も「走る」という語のグループとしてまとめて紹介する、といったイメージ。今風にいえば、情報に階層性があり、広がりがある。こうして言葉に命が宿る。
 200年前にこんなことを考えた人がロシアにいたなんて。ダーリの反骨の生き方やプーシキンとの友情にも心を打たれたが、とにかく大衆でもわかるような言葉と構造で辞典を編んだという発想に、いまだ感動がおさまらない。
    ◇
 Vladimir Porudominskii 28年モスクワ生まれ。作家、評論家。プーシキンらの伝記を執筆。現在ドイツ在住。

関連記事

ページトップへ戻る