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一句頂一万句 [著]劉震雲 / パリに終わりはこない [著]エンリーケ・ビラ=マタス

[評者]円城塔  (作家)

[掲載]2017年10月29日

[ジャンル]文芸

表紙画像

■朴訥と技巧、対照的な笑い

 笑いのない人生はつらいが、自分の人生が面白いものかどうかは、当人には意外にわからない。ひどくまじめでいることがこっけいにみえ、ただぼんやりとしていることがかしこい選択であったりする。笑いにはどこかななめのところがある。
 泣ける話はだれでもできるが、笑える話はむずかしい。笑いはやはり繊細で、語り方とも密接に結びついている。
 劉震雲の『一句頂一万句』は、一万言を語った末の一言というくらいの意味らしい。しゃべれどもしゃべれども一向に意の通じない生活を淡々と描く。
 途中で70年をはさむ2部構成だが、それだけの時が流れてなお、人々は似たようなことで悩み続けて、似たような話を続けている。分厚い本をなすほど話し続けても全然何もかわらないのは悲劇であるが、人の生が悲劇であるという事実は即座に喜劇に転じうる。簡潔にすぎる文章を小石のように積み上げていく劉震雲の文章がそこに笑いを生み出していく。
 誰々はなになにである。なになにといっても、なにそれもする。どれそれはしない、といった風な、肯定と否定が朴訥(ぼくとつ)にひたすら並んでいく。そこで語られるできごとと同様、文章もまた、意味を通じきれずに困惑しているといった感じがおかしい。
 エンリーケ・ビラ=マタスの『パリに終わりはこない』は対照的に、技巧の限りを尽くした一冊である。まずこの小説はアイロニーについての講演の原稿でもあるということでありややこしい。そこで語られているのは自分のパリでの作家修業時代。その頃のパリには有名な作家がうようよしており、日常を記していくだけで、ひとつの文学史ができあがる。さらにこの修業時代に彼は、自分の第一作となるはずの「教養ある女暗殺者」なる小説を書こうとしており、それは、その本を読んだ者が死んでしまうことを目指した話であったりする。全体が引用でいろどられ、現実とほらが混じりあった構成はどう読んだって疲れてくるが、ひどくおかしい。だいたい、「教養ある女暗殺者」ってなんだ。
 作者は冒頭部でも「作家アーネスト・ヘミングウェイそっくりさんコンテスト」に参加して失格になった話をはじめたり、まあ、やりたい放題である。周囲の皆に似ていないといわれても、ヘミングウェイと同程度の文学的才能を自負するなら、そっくりさんコンテストにだって入賞できるはずだ、といったあたりか。
 自らを笑うことは難しい。その姿に嫌みが残ることもあり、しかしその嫌みがひどくおかしくみえたりもする。まっすぐに笑うことは大難事である。
    ◇
 リュウ・シンウン 58年、中国生まれ。作家。『盗みは人のためならず』『温故一九四二』など▽Enrique Vila−Matas 48年、スペイン生まれ。作家。『バートルビーと仲間たち』『ポータブル文学小史』

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